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三人が来たのは緩やかに開けた野だった。
前方にはかなり前から崩れていたと思われる岩肌がある。右手側に進んだ先の地面も風雨に深く削りとられており、左手には木々の合間に細い獣道が続いているのが見えた。
「ラウエル、どうじゃ?」
しばらく目を閉じていたラウエルは、若草色の目を開くと首を横に振った。
「招来獣の気配は感じないのだ」
トレンスキーはふむと首をかしげる。
ラウエルの言うとおり、周囲からは軽やかな野鳥の声と初夏の梢が揺れる音しか聞こえない。
「アンティ、お主はラウエルの側におるのじゃぞ」
「はい」
トレンスキーは右腕につけた篭手に触れると、慎重な歩幅で一人歩き出した。
まず右手側の崖に寄る。
足元の地面は大きく削られ、目を凝らしてのぞき込んでも下から生える木々の枝先が見えるだけである。人のいる痕跡はなかった。
軽く息を吐いて振り返ったトレンスキーは、ふと地面の一点に目を留めた。
反り立つ岩肌の片隅に一輪の花が咲いていた。
季節外れの、深紅の彼岸花だ。
乾いた地面にまっすぐ伸びる薄緑の茎と、その先に踊り狂うように咲く炎のように赤い花弁。それはまるで何かを訴えるかのように日陰の中で佇んでいた。
「これ、もしや……?」
軽く眉を寄せていたトレンスキーがはっと目を開く。その瞬間、トレンスキーの両脇から二本の腕が伸びて彼女の体をからめ取った。
「……ぐ、っ!」
少し離れた位置から様子を見ていたアンティは息をのんだ。
誰もいなかったはずのトレンスキーの背後から急に男が現れたのだ。
男の腕に抱きかかえられるように拘束されたトレンスキーを見てアンティが反射的にナイフを引き抜く。その肩に、隣にいたラウエルが軽く手を置いた。
「待つのだ」
「ですが、師匠が……」
蛇に絡めとられた獲物のようにトレンスキーは身動きを取れずにいる。その耳元に、軽く鼻を鳴らす音が届いた。
「相変わらず危機感が足りねえなぁ。心配になるぜ、トレンティ?」
「……ゲルディーク!」
背中越しに聞こえた男の声に、トレンスキーがきりりと眉をつり上げた。
「やはりお主じゃったか、一体何故ここにいる!?」
トレンスキーの叫びを聞いたアンティは目を丸くする。ナイフを構えたまま隣に立つラウエルを見上げた。
「知り合い、なのですか?」
「あれは、カルア・マグダの四精術師なのだ」
ラウエルの言葉を聞くと、握ったナイフの切っ先がわずかに下がった。
「カルア・マグダは敵国だと、さっき師匠が。なのに敵ではないのですか?」
「そのようなのだ」
アンティは困惑した様子でトレンスキーへと視線をやった。
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