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対峙
ゲルディークとトレンスキーが結界の痕跡を調べる間、アンティとラウエルは少し離れた位置でその様子を眺めていた。
「あれとは、旅をしているうちに偶然出会ったのだ。以来、時おりこうしてあれに会いにやって来るようになったのだ」
野の中に座り込み、リオからもらったアップルパイを無表情に頬張りながらラウエルは言った。
はじめのあれがゲルディークを指し、次のあれがトレンスキーのことを言っているのだと、アンティは少し時間を置いてから理解する。ラウエルとの会話はたまにひどく内容が伝わりにくかった。
「生まれた国は異なるが、同じ四精術師ということで色々と通じるところがあるのだろう。顔を合わせればいつも、ああやって大騒ぎしているのだ」
ラウエルの隣で半分もらったアップルパイをかじりながら、アンティはちらりとゲルディークの方をうかがった。
「……あの人は、ラウエルさんのことが嫌いなのですか?」
「私がというより、あれは招来獣という存在そのものが嫌いなのだ」
アンティは大きく目を見開いた。
ラウエルは若草色の瞳をアンティに向けると、声を抑えて言った。
「君の半分が招来獣であることは、あれが気づくまでは隠しておいた方が良い。それから、めったにないとは思うのだが、あれが血を流した時は絶対に側に寄ってはいけないのだ」
「どうしてですか?」
「危険だからなのだ」
ラウエルは簡潔に言って顔を上げる。見ればトレンスキーが大きく手を振って二人を呼んでいた。
「それらしき場所を見つけたようじゃ。これから移動する」
「心得たのだ」
ラウエルが立ち上がると、アンティもすぐにその背中を追った。
獣道をしばらく進んだ後、ゲルディークが示したのは道を少し逸れた先にある岩壁だった。
「ここだな」
「たしかに、ここだけ妙に違和感があるのう。周りの草も……」
トレンスキーは周辺の地面を見渡す。
辺りにはアンティの膝を隠す高さの雑草が生い茂る中、岩壁の前だけはむき出しの踏み固められた地面が広がっている。
「おそらく、ここには元々横穴でもあったのじゃろう。それを術で埋めて、気配を隠す結界を張ったのかもしれぬ」
「ってことは、招来獣は倒せなかったってことか」
トレンスキーの言葉を聞いたゲルディークが嘲笑混じりの吐息をこぼした。
「その失態をここに隠して逃げ帰ったと。本当に無責任だよなあ、招来術師の連中は」
「止めよ、ゲルディーク」
棘のある物言いにトレンスキーが眉をひそめる。
「それは偏見じゃ。お主の言うような術師が全てではない」
「へぇ?」
ゲルディークは笑みを浮かべたままトレンスキーを見下ろした。
「逆にお前は、どうしてそう奴らを庇えるのかねえ?」
「どうして、といわれても……」
「自らの手を汚す覚悟もなく生きてきた連中がその咎を責められ、その手で創り出した招来獣と対峙して自滅する。自業自得、いい気味じゃないか」
「招来術師とて苦悩はあろう。その過ちを挽回しようとこの五年、努力してきたのじゃ」
「努力どうこうで解決できる問題かよ、アーフェンレイトの大災禍が?」
「それを今さら蒸し返しても仕方なかろう」
トレンスキーはもどかしそうに言葉を継いだ。
「起こってしまったことは変えられぬ、ならば見るべきは未来じゃ。過去の過ちを未来永劫責められ続けるのは、さすがに無情過ぎると思わんか?」
「だから過去を不問にしろと? 招来術師の現状を憐れんでやれと?」
笑みを消したゲルディークがトレンスキーに向き直った。鳶色の左目が薄青色の瞳を捉えて問いかける。
「……お前はさ、それを招来獣に殺された人間やその身内に対しても真っ直ぐに言えるのか?」
トレンスキーはぐっと言葉につまる。その表情を見たゲルディークは呆れたように鼻を鳴らした。
「お前だって分かってるじゃないか。同情すべきは奴らじゃない。奴らが創った招来獣に手足を食いちぎられた被害者の方だって」
「それは、しかし……っ!」
「それくらいにしておくのだ」
ラウエルが淡々とした声で間に入った。側で聞いていたアンティは戸惑った表情で二人の顔を見上げている。
「今は言い争っている場合ではない、すべきことを果たすのだ」
若草色の瞳に見つめられ、ゲルディークとトレンスキーは無言のまま視線を逸らした。
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