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木々に風が吹き抜ける。
ゲルディークは鳶色の左目を細めながら言った。
「お馬さんだけならともかく、今度はあの子犬ちゃんまで。変なものばっかり抱えこんで、弟子なんて言って守ろうとしてさ」
トレンスキーは目を見張ると、気まずげにゲルディークの表情をのぞき見た。
「……お主、気づいたのか?」
「あんな動き、普通の子どもにできるわけないだろ。それに……」
「それに?」
ゲルディークは言いにくそうに口をつぐむ。大きくため息を吐くと、血と土に汚れて借り物の外套を羽織るトレンスキーを見下ろした。
「お前、今いくつだっけ?」
急な問いかけに、トレンスキーは訝しげな顔をしながら答える。
「……二十二、じゃが」
「俺と三つしか違わねえじゃん。それなのにさ……」
ゲルディークはためらいがちに腕を回すと、トレンスキーを抱えるようにしてその髪に触れた。ほつれた毛先を整えるように撫でながらとつとつと言葉を重ねる。
「似合わねえんだよ。命懸けの旅も、師匠なんて呼ばれてるのも、世界で唯一の四精術増幅装置も帰還術も。こんなこと続けてたらいつか背負いきれずに潰れちまうって、いい加減分かれば良いのにさ」
「……そう、かもしれぬが」
ゲルディークの手を振りほどく代わりに、トレンスキーは細く息を吐いた。
「それでも、ワシにできるのはこの生き方だけじゃ。お師匠様が与えてくださった名と、色と、遺されたものと……」
そこまで言って、トレンスキーは血の気の失せた顔をやや傾けた。薄青色の瞳がゲルディークを見上げる。
「……お主とて、復讐なぞ無意味だなどとワシに説かれて、その足を止めたりするか?」
ゲルディークの手が止まる。トレンスキーから視線を逸らすと、ゲルディークは潰れた右目を押さえながら不服そうに言った。
「……師匠と交わした言葉を、違えるわけにはいかない」
「難儀なものじゃのう、師匠持ちの術師というものは」
苦笑を浮かべたトレンスキーは、ゲルディークの左肩に頭を寄せた。
「まあ、だからこそお主とはこうやって和解できたのじゃがな」
「そりゃ、お前だからだろ?」
「そうか?」
「普通の、まともな人間なら。“彼女”と俺を見た後で絶対にそんな風に近寄ってなんかこれない。触られるのだって嫌なはずだぜ。……気持ち悪いとかさ、思わねえの?」
「む、そこはまあ、多少は思うが……」
怪我で思考力がやや落ちているのだろう、思わず本音をこぼしながらトレンスキーは気だるげに答えた。
「ワシ、もともと知り合いとか少ない方じゃし。お主が変人だろうと変態だろうと、稀有な友人は失いたくないと思っておるよ」
「それ、そういうところだよ」
ゲルディークが呆れたような、どこか諦めたような声音で言った。
「異質も異端も、周りにあるもの全部、平然とした顔で取り込んでいく。”孤高”かと思いきや、実は”寛容”なんだよな、お前」
「……人を四精石に例えるでない」
トレンスキーが笑いながら瞼を落とす。ゲルディークの服からは乾いた土と、薬草や香草が混ざり合った匂いがした。
「今回はお主がいてくれて本当に助かった、……感謝しておる」
ややあって、小さく鼻を鳴らす音がトレンスキーの耳に届いた。
白鴉の姿をしたラウエルが羽音と共に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。
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