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後日、ヒースにて
トレンスキーたちがヒースを発ってから二日後のこと。黒猫を連れた招来術師が一人、ヒースの村を訪れた。
村の人間たちは複雑な表情を浮かべていたが、彼が村に立ち入ることに反対する者はいなかった。
エミリオと名乗った若い招来術師は、前任の術師が村の墓地に埋葬されたことを村長の家で知らされた。
「我々の力が及ばず申し訳ございません。わざわざ埋葬までしていただいて、感謝致します」
遺品となったわずかな荷物と金色のバッチを手渡されたエミリオは、深い礼を取りながら村長に言った。
「とんでもない。これは救世主さまのお導きでもありますので」
村長の言葉を聞いたエミリオは空色の目を丸くした。
「救世主、ですか?」
エミリオが詳しい話を聞きたがると、村長の方も話したくて仕方がなかったのだろう。やや興奮した面持ちで語り始めた。
二日前のこと。村長は村に一つだけある宿を訪れ、宿屋の一人息子と宿の存続について話し合っていたらしい。
そこへ、招来術師の亡骸を抱えたフェーダの御使いが現れたのだという。
御使いは、山に棲みついていた招来獣はもういないことを二人に告げると、静かな声で村長に願い出た。
「この者は自らの使命を精一杯に果たした。どうかその功績を認め、丁重に埋葬してやってほしいのだ」
そうして招来術師の亡骸を横たえると、御使いは村を後にしたのだという。
エミリオは口を挟むことなく話を最後まで聞き終えると、穏やかな表情のまま村長に問いかけた。
「それは慈悲深いことです。しかし親切な旅の人間でなく、どうしてそれが御使いであると?」
「それがですね、私たちは見てしまったのです」
村長は何かを思い出したように大きく身震いした。わずかに声をひそめたその顔には畏敬の表情が浮かんでいる。
「その方は村を出た瞬間、白い鴉に姿を変えて飛び去ってゆかれたのです!」
「白い鴉?」
エミリオは驚いたように目を見開いた。
「そうです、たしかに白い鴉でした!」
フェーダの教典に出てくる一節では、神が地上に遣いを送る際、それは白い鳥──鳩、あるいは白鴉の姿をしていると伝えられている。
神と御使い、そしてその言葉を受け取った赤き衣の人間。それはフェーダの教典の中で最も有名な救世主の一幕だった。
「その方々は前夜この村の宿に泊まってゆかれたそうです。招来術師への慈悲も含め、まさしく神が救いの手を差し伸べてくださったに違いありません」
感極まった様子の村長を見たエミリオは口を閉ざした。それ以上の言葉を重ねることはせず、短く感謝を述べてその場を後にした。
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