金色の目の子ども

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金色の目の子ども

 ラウエルが案内した川は、思いのほか急な流れをしていた。  岩と岩の間を縫うように走る水に溺れるほどの深さはなさそうだが、油断をすれば大人でも足をとられかねない勢いで流れている。周囲の石には音を立てながら絶えず水の飛沫(しぶき)が当たり、日が乾かすまでのあいだ黒い染みを残していた。  鞍や荷物を抱えて先を歩いていたラウエルは川には寄らず、やや離れた手ごろな岩に腰かけた。そこで荷の番をしているということなのだろう。  女はラウエルに篭手を預けると川へ近づいた。  流れる水に触れた女はその冷たさと勢いに軽く息をつめる。しかし慣れれば先ほどまでの戦闘の火照りを冷ますのに丁度良い。  女は両手で水をすくうと二度、三度と顔を洗った。 「……ふあっ、さっぱりしたのう」  やがて女は満足そうに顔を上げると乾いた布でごしごしと顔を拭った。  一息ついた女は改めて辺りを見渡す。  雲のない初夏の日差しも、南トーヴァから吹き降りる清涼な風が心地良さへと変えてゆく。目の前の水の冷たさも山頂から転がり落ちてきた自然の厳しさから生まれたものなのだろう。  そんなことを思いながら川の上流を見やった女は薄青色の瞳にあるものを映した。ややぽかんとした後で大きく叫び声を上げる。 「ら、ラウエルっ!」  女の声に、座っていたラウエルが顔を上げた。 「どうかしたのだ?」 「ちょっと、ちょっとこちらへ来てくれ!」  慌てた様子で上流へと走る女を見てラウエルは首をかしげる。 「魚でもいたのだ? そんなに勢いよく近づいては……」 「違う、人じゃ、人がおる! お主も手を貸してくれ!」  若草色の目がきょとんと瞬いた。  女の見下ろす先にいたのは子どもだった。  年の頃は十歳前後だろうか。意識を失い、激しい水流の中にぐったりとその半身を沈めていた。  やってきたラウエルと共に子どもを川から引き上げる。その両頬に手を添えて、女は褐色の肌をした子どもの顔をのぞき込んだ。 「……息はあるが、かなり体が冷えておる」  短く揃えられた黒髪から胸元までは日光で十分に乾かされていたが、着ている服の大部分は水気を含んで子どもの体に重く貼りついていた。  先ほど触れてその冷たさは体験済みだ。子どもの唇が真っ青に変わっているのを見た女は慌ただしく立ち上がった。 「ワシは火をつくる。お主はその子を拭いて着替えさせてやってくれ」 「心得たのだ」  女は川辺の石を円形に並べると、術師装束のポケットから赤い布袋を取り出した。中に入っていたものを右手で軽く握った女は円の中央にそれを()く。 『(よる)(おび)えぬ(ため)に、()()(おく)らん  (ふゆ)(こご)えぬ(ため)に、()()(おく)らん  (いわ)うが(ゆえ)灯火(ともしび)(なげ)くが(ゆえ)灯火(ともしび)……』  女がトフカ語で語りかけると、散らせた赤いかけらが光った。  それは女が積んだ円の中でひとかたまりの炎になる。炎は円の外へ出ることなく、()(くさ)もないまま揺らめき続ける。 「使ってくれ、ワシは火が消えぬうちに(たきぎ)を集めてくる」  本来の焚き火のおこし方とは手順が逆だが、女の作った火が簡単に消えないことを知っているラウエルは小さく頷いた。 (それにしても……)  赤い装束を(ひるがえ)して駆け出そうとした女は、一度ちらりと子どもの方を振り返った。  こんな所に人が、しかも子どもが一人とは。  なぜこんな所に? 両親は一緒だったのだろうか? それとも、上流から流されてきたのだろうか?  様々な疑問が湧きつつも、女はすぐにその考えを断ち切った。  気になることは子どもが目を覚ました時に改めて聞けばいい。女は川を離れると木々の生える方へと向かった。
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