金色の目の子ども

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「……招来獣(しょうらいじゅう)と人間の混血なんて、そんなの前代未聞じゃぞ?」  革の鞍を抱えて山道を歩く女は途方に暮れたように言った。 「しかも当の本人は何も覚えとらんときたし。一体、どうしたら良いのかのう……?」  何度目かのため息を吐くと、女がそろりと後ろを振り返る。そこには荷物を背負ったラウエルと、その腕に抱えられた黒髪の子どもの姿があった。  川辺で子どもが目を覚ました後、女はいくつかの質問を投げかけた。  名前は何というのか。  どんなところで暮らしていたのか。  誰と一緒にいたのか。  そのどれにも、子どもは困ったような顔で分かりませんと繰り返すばかりだった。  そうこうしていても仕方がないということで、二人はとりあえず子どもを連れて道すがらにあった小屋まで戻ることにしたのだった。 「……しかし、名前さえ分からんというのはさすがに不便じゃのう」  子どもは不思議そうに女のことを見つめている。金色の瞳は純粋な眼差しで、どこか眠っていた時よりも幼げな印象にも見えた。  戸惑いながらも、女は子どもと目を合わせて明るい口調で言った。 「よし、お主が自分の名を思い出すまで仮でも名前をつけておこう。な、良いじゃろうか?」  子どもはきょとんとすると、やがて小さく頷いた。意思疎通が取れたことに女はほっとした顔で笑う。 「ではお主、何か呼ばれたい名はあるか?」 「……分かりません」 「そうか。ならワシが考えても良いじゃろうか?」 「はい」 「それでは、ええと。……何が良いかのう?」  女は少しのあいだ考えるように目を閉じると、やがてぽんと手を打った。 「では、アンティ」  女は満面の笑みで子どもに言った。 「アンティ・ヌフトブ・ドルドーロフ・ディアン・アレットでどうじゃ。な、格好良くて良い名前じゃろう?」  子どもはぽかんとした顔で女を眺め、それから自分を抱えるラウエルを見上げた。  ラウエルが軽く息を吐いて女に言う。 「……君は時おり、驚くほどに阿呆(あほう)になるのだ」 「な、なんでじゃ、ラウエル!?」  女は心外そうにラウエルに食ってかかる。 「めちゃくちゃ格好良い名前ではないか、何が不満じゃ!?」  ラウエルは子どもを庇うように身をひねると、頭一つ分ほど下にある女の顔を呆れたように見下ろした。 「これは困っているのだ。仮であろうと、贈られた者が困惑するような名は止めるべきなのだ」 「う、うぬぅ……?」 「出会ったばかりの子どもを困らせることは、君の本意でもないのだ?」  女は言い含めるようなラウエルの言葉に戸惑った表情を浮かべる。その視線を子どもへと移すと、おろおろと声をかけた。 「……その、良い名前じゃと思ったのじゃが駄目か? 嫌ならば改善するので、どのへんが駄目だったかを聞いてもよいか?」
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