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小屋に着くと、外套を脱いで椅子に座ったトレンスキーがおもむろに口を開いた。
「さて、まずはアンティの今後について決めんとのう」
軽く整えた寝台に腰かけたアンティと、入口際の壁に立つラウエルの視線がトレンスキーへと向けられる。
「不運なことに親元から離れてしまったのか、それとも特殊な生い立ちゆえに捨てられたか追われたか……。当のアンティが覚えとらん以上なんとも言えんが、このままというわけにはいかん」
「何か案があるのだ?」
トレンスキーはううむ、とうなるとラウエルに目を向けた。
「まずはお主に川の上流を見てきてもらいたい。そこにアンティを知る者がおれば大助かりじゃが……」
トレンスキーはちらりとアンティを眺める。アンティは借りてきた猫といった風情でトレンスキーをじっと見ていた。
「もし手がかりが何も無いようであれば、……そうじゃな。リタ辺りに相談して預かってもらえるように頼んでみるかのう」
ラウエルはわずかに首をかしげる。トレンスキーは続けた。
「ワシらの旅に連れていれば危険が多すぎるじゃろ。招来獣との混血とはいえ、アンティは大人しそうじゃし問題なかろう?」
ラウエルは何も答えない。トレンスキーが不思議そうな顔をする。
「どうしたのじゃ、ラウエル?」
「何でもないのだ」
若草色の目を軽く伏せると、ラウエルが小屋の扉へと足を向けた。
「では、行ってくるのだ」
「ああ、よろしく頼む」
ラウエルが出ていくと、トレンスキーは一仕事終えたように椅子の上で大きく息をついた。ふとアンティから向けられる視線に気づくと、小さな体を気遣うようにそっと声をかける。
「お主も、訳も分からぬまま連れてこられて疲れたじゃろう?」
「あ、ええと……」
「そうじゃ、干した苺があるぞ。少し食べるか?」
アンティの目がきょとんと丸くなる。
トレンスキーはラウエルが置いていった荷物を卓の上まで運んだ。鞘に収められた厚手のナイフや、香辛料を入れた革袋、水筒などを順に取り出した後で目当ての包みを探り当てる。
「ほら、これじゃ。こんなふうに、……口の中に入れてやわらかくすると味が出てくる」
トレンスキーは一粒を自分の口に入れてみせると、残りの包みをアンティの手に乗せた。
アンティは砕かれた苺のかけらを興味深そうに指でつまんだ。口に含むと、かさかさとした食感から次第に甘味と酸味が舌先に広がってゆく。
「……おいしい、です」
頬を緩めたアンティを見て、トレンスキーは嬉しそうに言った。
「良かった、ワシもこれ好きなんじゃよ。残りはお主の分じゃ、全部食べて良いからの」
「ありがとうございます」
アンティは小さく頷くと、改めてトレンスキーを見上げた。
「その……」
「ん、何じゃ?」
「トレンスキー、さんは、何をしている人なのですか?」
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