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「……ねえ」
アスが上目遣いに穂詩歌を見る。
「なあに?」
ワンピースの裾をひるがえしながら、ずんずんと歩き続ける穂詩歌がこたえる。
「穂詩歌のうちは……本当にこっちなのかな?」
途端、少女の足取りがおぼつかなくなる。
「……たぶ、ん?」
まっすぐ前を見たまま穂詩歌が言うと、アスは、急に頼りなくなったその少女の両腕を、小さな手でぐいっと掴んだ。
「多分って何! たぶんって! これ絶対迷子だよね?」
必死な様子で穂詩歌を見上げる。
一瞬、二人の目が合ったが——すぐに穂詩歌の瞳は泳いでいった。
「でっ……でもでもッ、さっきここへ来た道を、まーっすぐ戻ったんだから……そのうち着くよ! ……たぶん」
「ほらぁー、また“たぶん”じゃないかあああっ!」
「だってぇー……」
かなりの距離を歩いた気がするが、辺りは相変わらず木ばかりだった。
歩いても歩いても木、木、木……。
一向に森を抜ける気配がない。
さっきまでの元気はどこへやら、穂詩歌の足取りはだんだん重くなり、しまいには立ち止まってしまった。
風が静かに吹き抜ける。
木の葉がさわさわとざわめく。
——絶対に変だ。
私は間違っていないハズなのに。
さっき来た道をまっすぐ戻っているだけなのに、どうしてなかなか森の外へ出られないのだろう——穂詩歌が悶々と考えていると、幼い頃の自分たちの声が再び脳裏をかすめた。
——まっくら森は 迷いの森
オソロシ オソロシ おそろしや……
穂詩歌は身震いした。
まさか。
あれはただの童歌にすぎない。
脳内を支配しつつある歌声を振り払うように、わざと明るい声をあげる。
「どこかで方向間違えたのかなぁ〜」
「あのねッ」
そんな穂詩歌のことはつゆ知らず、アスはビシッとした口調で言う。
「そうして迷っている時点で、ぼくらはすでに迷子なんだよ?」
「うぅっ……」
月明かりに照らされた木の枝が、少し不気味に映る。
穂詩歌は本当に恐ろしくなってきた。
もしかしたら、このまま帰れないかもしれない……そうなったらどうしたらいいのだろう。
願いを叶えてもらうどころか、アスを空へ帰すどころか、アスのケガを治すどころか……どうやって生きていけばいいのだろう!!
急に命の関わる問題になってきてしまった。
あまりの大きな不安に、穂詩歌の目には涙がたまり始めていた。
——でも、とにもかくにも前へ進まなくちゃ。
前へ進まなければ絶対に出口は見つからない。
座り込んでしまいたくなる衝動を抑え、穂詩歌はなんとかゆっくりゆっくり歩を進める。
こぼれそうな涙を、何度も何度もぎゅっとこらえた。
そうしてどれくらい歩いた後だろうか。
「あっ! ねえ!」
アスが急に声を上げた。
穂詩歌はこたえようと口を開きかけたが、声を出したらもう、このギリギリでせき止めている涙がドバドバとこぼれていきそうで、黙ったままになってしまった。
アスは聞こえなかったと思ったのか、さっきよりも大きな声で叫ぶ。
「ねえっ、穂詩歌!」
その声はどこか浮き足だったように弾んでいる。
「なに〜……?」
穂詩歌はやっとのことで声を出した。
そっと肩で目をぬぐうと、もうそれ以上あふれてくるものはなさそうだった。
アスはすごく興奮した様子で続ける。
「ほらっ、見てよ、アレ!」
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