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アスは右のとんがりを自分の正面に向けた。
穂詩歌がその先をゆっくり追うと、森のさらに奥の方からぼんやりとした光がもれているのを見つけた。
穂詩歌の顔がたちまち明るくなる。
「ヤッタ……! きっと森の出口だよ!」
「行こう!」
「うんっ!」
一気に元気がわいてきた二人は、その光に向かって元気よく駆け出した。
生い茂る木々をよけ、はいずる根っこを飛び越えて、土を蹴り、夜風に揺れる小さな花を飛び越え、やっとのことで光の元にたどり着くと、穂詩歌はピタリと足を止めた。
光の元にたどり着いても、そこには、今や懐かしい村の景色はなかった。
代わりに現れたのは、小さな木造の小屋が一つ。
その小さな窓から光がもれていた。
一瞬残念な気持ちが顔ににじみ出た穂詩歌だったが、すぐに、この状況下においてこの光はとてつもなく希望なのではないか、と思い直した。
誰かこの小屋に住んでいるのだとしたら、何かしらでも助けてくれるかもしれない。
「ねえ、ノックしてみようか? ケガの手当してくれるかも!」
言いながら穂詩歌がアスの顔をのぞくと、彼は小屋をじっと見つめて、何やら複雑な顔をしていた。
黙ったまま、ピクリともしない。
森の出口ではなかったことが、そんなにも残念だったのだろうか……?
「……ね、アス?」
穂詩歌は優しく声をかけ直す。
「えっ? あ、何?」
魔法が解けたように、アスの表情がゆるんだ。
その目が穂詩歌をとらえる。
「アス、どうかした?」
「えっ、あ、いや、なんでもない。ほら、早くノックしてみよう」
「うっ、うん……」
穂詩歌は首をかしげながらも、結局アスに押されるようにしてドアの前に立ち、コンコン、と二つノックをした。
驚くべきことにそのドアは、まるで二人を待っていたかのようにすぐ開いた。
開いたドアの先には、白く長いヒゲを生やした白髪頭のおじいさんが立っている。
「おや、いらっしゃい。旅の方お二人ね。さあ、どうぞお入んなさい。今、スープができあがったところじゃよ」
おじいさんは優しい笑みを浮かべて言った。
「えっ、あ、あのう……」
あまりにもトントン拍子に話が進むので、穂詩歌は戸惑ってしまった。
まだこちらのことを話していないどころか、名乗ってすらいない。
それに、“旅の方”と言うのもなんだか違う気がするし……。
色々なことが頭の中をぐるぐるして、穂詩歌がドアの前に立ちつくしていると、
「遠慮せんでいい。ほら、そちらの方は、ケガをしているんじゃろう?」
そう言われて穂詩歌は目をまん丸にしてしまった。
おじいさんが「そちらの方」と指したアスは、穂詩歌の腕の中にすっぽり収まっていて、こちらが何も言わなければ「ケガをしている」だなんて、どうしたってわからない状態だった。
穂詩歌がポカーンとおじいさんを見上げていると、
「——穂詩歌、お邪魔しよう」
意外にもアスが、意志のこもった声で口火を切った。
まるで、この小屋に世話になることが最善策であると確信したかのような、ゆるぎない口調だった。
「うっ……うん」
その声にはやけに説得力があり、穂詩歌も心を決めた。
そもそも、これからどうすればいいのか、他に道が見つからないのだから、これは最初で最後のチャンスなのかもしれない。
「では、お言葉に甘えて……お邪魔、いたします」
「どうぞ」
おじいさんは変わらぬ穏やかな様子でドアをさらに大きく開け、二人を小さな部屋へと通した。
思わず「ただいま」と言ってしまいそうになる温かさを、穂詩歌は感じた。
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