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お祭り会場から家まで、ほとんど距離はなかった。
けれど、ほんの少しの時間でも、友だちとはおしゃべりしてたい。
それぞれ大きな荷物を抱えながら、穂詩歌たちはゆっくりゆっくり歩いた。
「七夕の夜ってさ、織姫様と彦星様が会える1年に一度の日なんでしょ?」
そういう穂詩歌は、抱えたお鍋でほとんど正面が見えていない。
声もお鍋の金属に反射して、不思議な響きを持っている。
「そうだけど、物語の中のお話でしょ?」
相変わらず絵里はサッパリしている。
いつものことなので、気にせず穂詩歌は続ける。
「1年に一度しか会えないって寂しくないのかな。っていうか、毎年曇ってて、ちゃんと会えているのかさえ疑問!! 心配!!!」
「星空って、雲の上にあるって先生言ってたし、会えてはいるんじゃないかなーあ。実在するんならだけど」
「もーうっ!」
楽しく笑い合いながら、穂詩歌が勢い込んで絵里を振り返ろうとする。
——と、足元の小石につまずき、フラリと揺れて——倒れる……!——そう思うと同時に、
「「おっと」」
両側から声が聞こえて、腕をガシッと掴まれる。
両足のつま先が浮いているが、なんとか転ばずに済んだことに安堵する。
「穂詩歌、大丈夫?」
絵里とは反対側から、小さく細い声が聞こえる。
「優奈(ゆうな)〜! 絵里も、ありがとうーっ!! おかげさまでこの通りっ!」
「良かった」
優奈も絵里と同じく同級生だ。
優奈はとても大人しい性格で、口数は少ない。
でもとっても優しくて、いつも穂詩歌やみんなを気遣ってくれる、大好きな友だちだ。
「優奈んちはもう片付け終わったの?」
手ぶらの優奈を見て、絵里が驚く。
「うん。だから、これ吊るしに行こうと思って」
そう言って優奈は、細長い紙をポケットから取り出す。
「アレッ、短冊! まだ吊るしてなかったの?」
そういう絵里は、とっくに吊るしているようだ。
「うん…お願い事、何にしようか迷っちゃって」
テヘヘと恥じらうように笑う優奈は、なんだか可愛らしい、と穂詩歌は思った。
「で、結局何にしたの?」
絵里がニヤニヤしながら聞く。
「えっとね…“今年も平和に過ごせますように“」
「さすが優奈」
期待していたものとは違ったらしく、絵里はちょっと残念そうな顔をしながら言った。
「ちなみにアタシは、“新しい服が欲しい!“にした〜」
「絵里らしい〜」
「穂詩歌は?」
「え」
「え、って、願い事!」
「ま、まだ……」
「「えええええ〜〜〜!!!」」
二人の驚きの声が、夜の空にこだまする。
「だ、だって、何書いたらいいかわかんないんだもん〜」
「早くしないと、七夕終わっちゃうよ〜」
正直言うと、願い事がないわけではない。
むしろたくさんある。
欲しいものはたくさんあるし、テストで満点取れますようにとか、お金持ちになれますようにとか、健康に過ごせますようにとか……思いつくものはたくさんある。
でも、いざ一つ何か願い事を書くとしたら……。
そう思うと、どれもしっくりこないのだ。
もっと何か、心躍るような何か、そんな願いがどこかにあるような気がして。
「じゃあ、私これ吊るしてくるね〜」
「うん、じゃあまたね〜!」
小走りで優奈が去っていく。
穂詩歌と絵里も再び歩き始め、ほどなくしていつもの分かれ道についた。
「じゃっ、穂詩歌、またね〜! 早く願い事決めるんだよ〜」
「う、うん〜…。またねーっ!」
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