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穂詩歌は片手に真っ白な短冊、片手に黒いペンを持ち、家を出る。
「なんて書こうかなあ……」
うんうんと頭を唸らせながら、なるべくゆっくり歩く。
願い事が決まるまでの時間稼ぎだ。
ついでに、ちょっと遠回りしてみる。
目の端に、オソロシの森が映った。
ふと子どもたちが歌う歌が脳裏に響く。
——まっくら森は 迷いの森
オソロシ オソロシ おそろしや
一歩入れば もう戻れぬ
近づくべからず オソロシの森
それは穂詩歌も小さい頃に歌った歌——歌と言うより、リズムに合わせて言葉を言う、と言う方が正しいだろうか。
この村の子どもたちが、この歌を歌いながらする遊びがあるのだ。
最初はみんなで円になり、手を繋ぐ。
そして目をつぶりながら、歌に合わせて右に回ったり、左に回ったり、前に行ったり、後ろに下がったりする。
最後の「近づくべからず」で全員手を離し、「オソロシの森」で各々ぐるぐる自転。
それから「逃げろー!」と叫んで、みんなはまた手を繋いで円になろうと試みる。
ただし目をつぶったままなので、これがなかなか難しい。
全員手を繋げたら成功! という、そんな遊びだ。
でも——と穂詩歌は思う。
あの森の向こうには一体何があるんだろうか、もしかして何かが隠されているんじゃないだろうか、そんな風に思う時がある。
自分が知らないだけで、この広い空の向こうにはもっと大きな世界が広がっているような気がする。
確かにオソロシの森は怖いけれど、それと同じくらいその向こうの世界が気になる。
なぜだかわからないけれど、不思議なくらい惹かれるものがあるのだ。
怖いもの見たさ……なんだろうか。
穂詩歌はこの村の外に出ることさえ、一度も経験したことがない。
オソロシの森の反対側にあたる村の端には、大きな川が流れている。
そしてその川もまた、決して越えることができない。
一つだけ小さな橋があるのだが、そこには力強そうな大人二人がいつも立っている。
おそらく見張り役だ。
なぜ向こう側へ行ってはいけないのかと一度聞いてみたことがある。そうしたら、
「向こうは危ないからだよ」
ただそれだけ。
何が危ないのか、何があるのか、聞いてみてもそれ以上の答えは得られなかった。
それが不思議で不思議で仕方なくて、ある日学校の先生にも同じ質問をしてみた。
そしたらやはり同じ答えだったので、穂詩歌は納得のいくまでしつこく聞き続けた。すると、
「大人の言うことには従わなくては駄目よ。あなたのためなんだから」
と釘を刺すように言われ、それ以上は何も聞くことができなかった。
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