8.悲しいデート

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「……出過ぎた真似をいたしました。長谷部さん、失礼な言い方をして申し訳ございません」 「あ、いえ……私は」 一転して突然謝罪され、焦る私を五十嵐さんが感情の読み取れない目で見つめてくる。 彼女の主張はきっと正しい。 匡が疲れて、多忙なのも理解している。 でも私は少しでも彼に会いたかった。 それは許されない出来事なのだろうか。 自分の判断に小さな迷いが生じ、心がざわめく。 私たちの周囲に重い空気が漂い始めたとき、元気な女の子の声が聞こえた。 「お姉ちゃん、ペンギンさんが泳いでたよ!」 「(しおり)、走っちゃダメよ」 五十嵐さんが即座に剣呑な表情を消し、慌てた様子で注意する。 水槽の陰からふたつ結びの髪を揺らしながら走って来た女の子が、私たちのすぐ傍で足を止める。 「お姉ちゃんのお友だち?」 「栞、この方は……」 「そうだよ、初めまして」 五十嵐さんの言葉を遮った匡が女の子の前で屈む。 「別所(べっしょ)栞です。五歳です」 「よろしくね、俺は匡だよ」 「匡お兄ちゃん?」 栞ちゃんの呼びかけに、五十嵐さんの表情が強張るが、匡は小さく首を横に振った。 子どもに役職といった余計な気遣いは不要と思ったのだろう。 学生の頃から、彼のこういった細やかな心遣いに密やかに憧れ、尊敬していた。 栞ちゃんと目線を合わせて話す姿を、ただ黙って眺める。 栞ちゃんは五十嵐さんの姪だそうだ。 今日は水族館に一緒に行くという、かねてよりの約束を果たしているらしい。 私はこの人に今、少しは近づけているだろうか?
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