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ふう、と小さく息を吐いて、専務室へ向かう。
役員フロアにある、専務室の重厚な扉をノックする。
「長谷部です」
「どうぞ」
聞きなれた男性の低い声が返ってくる。
「失礼します」
扉を開けると、大きな窓ガラスの前に置かれた執務机で専務は書類に目を通していた。
「終業後に呼び出して悪い」
「いえ、大丈夫です」
「相変わらず仕事熱心だな」
「専務もですよ」
私の返答にニッと口角を上げ、立ち上がった峰岡専務の容姿は驚くほど整っている。
無造作に分けた癖のある前髪に、切れ長の二重の目と高い鼻梁、細身の長身が目を引く。
「長谷部、明日はなにか予定があるか?」
「明日ですか? 特になにも」
当社は土日祝日が休日なので、明日は部屋の掃除や、買い出しにでかけようかと考えていた。
都内で独り暮らしをしている私の、変わらない週末の作業だ。
専務と長年の友人でなければデートの誘いかと勘違いしたかもしれないが、私たちの間には恋愛感情は一ミリも存在しないし、そもそも抱いたこともない。
だからこそ今日まで部下で友人という関係を築けているのだと思う。
けれど学生時代は学部もゼミも同じで、よくともに行動していたせいか、私を恋人だと邪推する人は多かった。
ちなみに今も社内外の女性たちに時折誤解されている。
尋ねられた際にはきちんと否定し、訂正している。
だが王子様のように見えて、実は腹黒い専務は噂を適当に放置し、縁談除けにうまく利用している。
私に火の粉がかかるのでやめてほしいと何度も抗議したが、聞き流されているのが腹立たしい。
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