4510人が本棚に入れています
本棚に追加
1.友人+仕事>恋人
「……じゃあな」
素っ気ない別れの言葉。
明日になれば再び会えると勘違いしそうなくらいの気安さ。
「仕事好きも大概にしろよ?」
垂れ目がちの二重の目を優しく細める。
「お前の開発した商品を楽しみにしてる」
最後の最後まで、甘い言葉ひとつ囁かない。
わかっていた。
彼にとって私は“恋愛対象”じゃない。
よくて友人、もしくは同志。
恋心なんて、絶対に伝えられない。
そんな真似をしたら、今の居場所すら失ってしまう。
自分を縛ろうとする女性を、この人はとても嫌うから。
心の奥底に本心を押し込めて、笑顔を貼りつける。
「……元気、でね」
「ほかには?」
「え?」
「これから数年会えなくなる俺に、餞の言葉はそれだけ?」
近づく長い足が、あっという間に距離を詰める。
「帰国するまで、俺はお前に会わない」
薄い唇から紡がれた、突然の拒絶と厳しい宣告に頭が真っ白になる。
心がキリキリと痛いくらいに締めつけられる。
「――だからお前はその日まで覚悟しておけよ?」
初めて向けられた、誘惑するような眼差し。
長く骨ばった指が私の髪を緩く絡めとる。
「もう、知らんふりはしない」
整いすぎた容貌が間近に迫り、唇に触れた柔らかな感触に目を見張る。
「――またな」
今のはなに?
なんでキスするの?
お願い、行かないで。
数々の質問と本音を喉の奥に閉じ込めたまま、搭乗口へと向かう彼をただ見つめるしかできない。
最後の最後まで意気地なし――こんな自分が大嫌いだ。
最初のコメントを投稿しよう!