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その日は、昼から深夜までの出勤だったが、何だか落ち着かず、朝食を採って身支度をし、早めにマンションを出た。
「香原さん」
ビクリとして振り返ると、瀬戸が立っていた。
「おまえっ…!」
怒りに任せて胸ぐらを掴みかけ、慌てて冷静を取り戻した。
「なんだよ、何か用?これから仕事なんだけど」
「美緒は?」
「さあ…知らないけど」
「学校辞めさせられんの?」
「知らないって」
暫く押し問答が続き、瀬戸は急にボロボロと涙を流した。
「何なんだよ、お前っ…俺がどれだけ美緒のこと好きだったか、分かってんのか?!」
泣きながら、瀬戸はガシガシと瑞希の肩を掴んで揺らす。
「……分かるよ…」
瑞希は、何故か冷静になれた。
「ほんとかよ!」
「ほんとだよ。俺だって先生が俺だけの恋人になってくれるなんて、未だに信じられない」
「…そう、だよな…」
瀬戸は、項垂れた。
「けど、だからって先生を追い込むような事すんなよ。卑怯だぞ、お前」
瑞希は、瀬戸の肩を掴んだ。
「分かってるよ……こんなことしてもどうしようもないってこと…」
「俺が、絶対に先生を守る」
瀬戸の目を真っ直ぐに見た。
「…クソガキが…。お前に何が出来んだよ…」
瀬戸は、口の端を少し上げて笑った。
「何も出来ないけど…でも守るって決めたんだよ」
「…そっか…」
瀬戸は、赤い目をしたまま、瑞希を見た。
「俺だけじゃなくて、これから晒される世間の目からも守れよ?」
「分かってる」
本当は怖かった。怖くて仕方が無かった。
けれど美緒を失うことは、それより、もっと怖かった。
「ま、せいぜい頑張れよ」
ポンと瑞希の肩を叩いて瀬戸は踵を返して帰って行った。
「はぁぁぁ…」
緊張が解けて、膝から崩れ落ちる。
早く美緒に会いたかった。
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