『ドアを開けて』

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『ドアを開けて』

 ドッゴオオォーン!!!!  深夜0時、1人きりだった部屋に爆音が鳴り響いた。玄関の方を見ると、そこには王子様のコスチュームを身に纏った見知らぬ男が立っている。  「あ、あんた誰ぇ⁉︎」  カッターナイフを右手に持ったまま、私はその切先を男に向けながら恐る恐る尋ねた。  「ヴォクはね、半須王子。君のことずっと影から見守ってきたんだ。そして、君の命の危険を察知して助けにやって来た……言うなれば君だけのスーパースターさっ★」  「はぁ? 気持ち悪いんですけど」  要するに、私のストーカーというわけか。  「気持ち悪いだなんてショックだなぁ。それじゃあもっと気持ち悪いこと言ってあげようか? そしたら一周回って気持ち良くなるかもよ? ふふっ」  それにしても、住所を特定し、ドアをド派手に蹴破って不法侵入してくるなんて、とんでもない輩がいたものだ。  それとも、死にたいと思って大量に飲んだ薬の副作用で幻覚でも見ているのだろうか?  「最近、服の袖からチラリと見える真っ白な手首に傷痕が増えていたのをずっと知ってた。そして昨日、薬局から出てくる姿を見て確信したんだ。今宵止めなきゃぁ君は命を絶ってしまうだろう!!!ってね★」  台詞回しがいちいち気持ち悪い。  「ストーカーさん、警察に通報されたくなかったら出てってよ。あと、ドアの修理代を貰うぞ?」  普通ならきゃーっと悲鳴を上げているところだが、言動にツッコミどころが多すぎて、"怖さ"よりも"呆れ"の方が圧倒的に多く心に満ち、妙に冷静だった。  「ねぇ、この世の中、スヴァらしいことに満ち満ち満ちているよぉ? まだ若いのに死ぬなんて勿体ナイトランドだよぉ??」  「うるさいっ! 私には私の生き方があるの。ここで人生に終止符を打つという結末も、私が決めたことなの。あなたに介入する権利なんてないわっ」  バシィン!  私は男に頬をぶたれた。お父さんにもぶたれたことないのに……  「死ぬなんて気安く言うもんじゃぁないよ」  私、なんでこんな非常識の塊みたいなヤツに割とまともな理由で説教されてんだろう。  「そうかいそうかい、どうしても死にたいと言うのかい。それじゃあ、今ここで死んだと仮定してみれば? はい、1、2、3っ!」  陽気にパンと手を叩く男。  呆気に取られて一言も発せないまま立ち尽くす私。  「君の命はもう君のものではなくなった。自分で捨てたんだからね。そして、捨てる神あれば拾う神あり。たった今からボクが君の命を貰ったのさ! だから、これからの人生は死ぬまでボクと添い遂げるんだ★」  何という強引な理論展開だろうか? 要するに、死んだと思えば自分みたいな気持ちの悪いストーカーとも付き合えるはずだってことなのだろう。  「お断りよ! あなたなんかと結ばれるくらいなら、死んだ方がマシだよっ」  そう言ってカッターナイフの刃を手首に当てる私。  「うっ……」  「どうしたの? 死んだ方がマシなら死ねばいいじゃん。後追い自殺してあげるからさぁ? そして地獄で結ばれようよ★」  せっかく今夜こそは死ねそうな雰囲気だったのに。暗く重く沈んだ気持ちだったのに。  この男が自殺ムードをぶち壊したせいで、まだ死にたくない気持ちが上回ってしまったのだ。  「どうしてくれんのよ! 責任とってよ! 私のこと、あんたが殺しなさいよ! さもないと、このカッターナイフで……⁉︎」  その続きは言っちゃいけないよ? ゼロ距離まで近寄ってきた男の顔にそう書いてあった。  まるでハリウッド映画みたいな濃厚な口づけで私は口を塞がれてしまった。 * * *  「うそー? ホントのこと言ってよぉ」  「うそじゃないんだって、ホントなんだって」  あれから17年の月日が過ぎた。  高校2年生になる娘は事あるごとに私たちの馴れ初めを聞いてくるのだが、何回ありのままを正直に話しても信じてくれなかった。  娘はもっとロマンチックな出会い話を聞くことを期待しているのだろうが、私はこの"事実"のほうがヘタな恋愛ドラマよりも素敵な出会いなのではないかと思っている。  最初がどうであれ、最終的に幸せなんだったらそれでいいのだからーー --完-- ーーー モノガタリードットコム お題「ドアの音から始まる物語」で書いた作品
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