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 俺の通っていた小学校は、卒業式の日になると中庭が立ち入り禁止になる。  もともと曰く付きの場所ではあったから、『してはいけない』系の怪談が多い場所ではあったけど、この日ばかりは大人達が目を光らせていたから、ただ事ではないんだろうって事は俺にもわかった。  けれど、誰しも好奇心には勝てない瞬間があるもんだ。  俺はその日、そこで不思議なものを見た。  俺の通っていた小学校の中庭には、大きな桜の木がある。太くて丈夫な桜の木の枝にぶらさがって遊ぶのは子どもたちの楽しみであるのだが、「危ないし、桜が傷む」と大人達は良い顔をしなかった。  ソメイヨシノよりも早咲きなので、卒業の季節になるとちょうど桜が満開になる。桜の木の下で写真が撮れれば、良い思い出になるのにねとクラスメイトが残念がっていた。  どうして卒業式の日だけ立ち入り禁止になるんだろう。 「見に行ってみようよ」  好奇心旺盛な海原が、俺の疑問を察しているかのように誘いをかけた時、俺は断ることができなかった。  2人きりで、こそこそと先生の目を盗んで立ち入り禁止のテープを潜るのは、秘密の作戦めいたものがあって、正直とてもわくわくしたのをよく覚えている。  中庭には変わらず桃色の濃い桜が咲いていた。特に変わったところはないように思えた。 「ね、あれ見て」  海原が桜の枝の間を指差した。その先に視線を沿わせると、そこに奇妙なものが垂れ下がっていることに気がつく。  それは、縄だった。  投げ縄みたいに先を輪にした太い縄が、桜の枝に結ばれて、ぶらぶらと風に揺れている。  少学生だった俺にだって、それが何をする時に用いられるのかわかる。 「卒業、できなかったんだね」  ふらふらと身体を揺らしていた俺の手を、海原がそっと握った。はっとして横を見ると、彼は悲しんでいるようにも見える空虚な表情(かお)で宙に揺れる空縄を眺めている。 「自分で捨ててしまったのだもの。どんなに君が望んでも、もう取り戻せないんだよ」  海原が宥めるような声で言った。  視線の先で縄が揺れる。輪っかの向こうから、桜の花がこちらを覗いている。  誰に話しかけているのかは、わからなかった。  後から知ったけど、あの場所で10年以上前に自殺した女子生徒がいたらしい。それからというもの、卒業式の日には桜の木に縄がぶら下がるようになったそうだ。  小学6年生の女の子が死にたいほど追い詰められていたというのは、痛ましい話だと思う。  彼女は卒業したかったんだろうか。  今となっては、彼女が死んだ理由も、何を思っているかも知ることはできない。でも、あの時海原が言いたかった事はなんとなくわかる。  何も死ぬことはなかったんじゃないかって。  卒業したその先を生きていたら、何か変わる事があったかもしれないのに。死んでしまったらその可能性すらなくなってしまう。  俺は死にたいと思った事はないし、家族にも友達にも不満なんてないから、詭弁に聞こえるかもしれないけど。  だって、彼女は卒業もできないまま、ずっとあそこにいるんだから。
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