傘の距離

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「ルナ」  そう口に出した私の言葉を飲み込むように、ザアザアと雨が降っていた。感傷にまみれ、傘を持つことすらしない私に降り注ぐ雨は、冷たくも温かくもなく、けれど濡れれば不快だと感じる程のシンプルな雨だった。雨を含んだ制服は、私の気持ちとともにゆっくりと沈み重くなっていく。  今朝の天気予報が示していた通りに降り続けるこの平たい雨は、私を含めたこの場の全ての人々に提示されているようでもあった。降られ続けることで何かを問われ続けているように感じてしまうこんな雨は、出されてもいない問題の答えを急かされているようで好きだとは言えず、だからといって嫌いだと口にするほどのものでもなかった。だから今の私にとってこれは、ただ空から降りかかる面倒事のようなものだった。  そんな面倒事にかき消されてしまった、私にとって大切な名前。いやだ、私が呼んであげないときっとルナは寂しがるのに。けれどこんな雨の中では届かない。安らぎの地が在るとされる、雨降るこの空のもっともっと上までは。  届かない私の呼びかけと、呼びかけてもいないのにうるさく降り続く雨。そんな対比が今の私にはただただつらくて仕方がない。  ルナは窓の外の雨粒をいつも必死に追いかけていた。小さな手でそれを追いかけ回して、たのしそうに空を見上げていた。だから、そんな雨の日を嫌いにはなりたくないのに。ルナが好きだった綺麗な雨粒を降らすこの雨を、面倒事だなんて思いたくないのに。  こんなにもつらいのならばいっそ、この雨で悲しさまで流してくれればいいのに、と。普段は手を伸ばさないどこかの神に静かに祈った。
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