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ところが、旅人はそれ以上逃げも隠れもしなかった。
むしろ。
高らかに笑い声をあげたのである。
「あっはっはっは! そうか、〈秘宝〉はお前の腹の中か。お前も今や不死の魔獣か!」
化け猫は間誤付いた。
いったいどうしたというのだ? 恐怖のあまり気がふれたのか?
しかし、その表情は一転する。
突如変わった旅人の気迫。この感覚には覚えがあった。今、化け猫は旅人の正体に気が付いたのである。
「そんな馬鹿な……この歯で喰い殺してやったのに!」
旅人の中で増強する魔力。それに気圧されるように、化け猫の体積は縮んでいった。魔術師オーエンは愉悦の笑みを浮かべながら、ゆっくりと化け猫に歩み寄った。
「〈秘宝〉の守護者たる私が、不死の恩恵を受けていないと思ったか? 喰い破られた魂の欠片を集め、この依り代に宿って生まれ直したのだ。さあ、〈秘宝〉を返してもらおうか」
「ふ、ふざけるな! 僕を騙したな、騙したな!」
オーエンの両手が青く光る。彼がその手をかざすと、化け猫の体から光の粒子が花吹雪のようにオーエンへと流れ始めた。
「憐れな愛猫よ。〈秘宝〉のもたらす不死はお前の望んだものとは違っただろう。体を蝕み、心を蝕み、すべてが虚無で満たされる。それはいくら人を喰っても満たされるものではない」
「やめろ! やめろおおぉぉ――……」
闇夜を化け猫の絶叫が劈いたが、それっきりだった。
一閃の青が走り、オーエンの背に巨大な青い花が咲き誇る。それは刹那輝いたあと、消えた。
後に残るは雨音のみ。
魔術師オーエンは身を屈め、小さな灰の山と化した愛猫を掬い上げた。そこにふーっと息を吹き掛ける。灰が舞い、その中から生まれたばかりの仔猫が現れた。
「愚か者。また一から礼節を教えてやらねばならんな」
暖炉の火が安楽椅子を照らし出す。
魔術師オーエンは彼の椅子に腰掛け、膝に広げたブランケットのうえに仔猫を寝かせてやった。猫はすべてを忘れ、穏やかな寝息を立てている。
「憐れで愚かで生意気な愛猫よ。それでもお前だけは、私の傍にいておくれ」
オーエンは静かに目を閉じた。
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