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それはとある秋の日の宵の口。北東の空にペルセウスが昇る頃。
残念ながら、今宵は酷い雨だった。その雨音の中を、ひとりの旅人が歩いていた。彼はまだ壮年を過ぎた程度と思われるが、足を悪くしているのか、一本の木の杖に縋るようにしている。雨除けの外套からは痩せこけた横顔が。
彼は疲れ切っていて、それでも目前に迫る目的のために、必死で足を動かしていた。
旅人が訪れたのは森の中。巨木の洞を掘り抜いて造られた家だった。表札はなく、扉に丸くくり抜かれた窓から仄かな明かりが零れている。
旅人はすっかり濡れネズミ。温もりを求め、最後の道のりは自然と歩みが早くなった。
「もし。どなたかおられませんか」
扉を叩く。
中から灰色の髪をした青年が顔を出した。彼は金色の瞳でサッと旅人の全身を――それは見るからに哀れを誘う風体だった――見回し、小さく首を傾げてみせた。
「はい。どちら様ですか?」
「旅の者です。こちらに魔術師オーエン様がお住まいだとうかがったのですが」
青年は怪訝そうに眉を吊り上げた。もう一度、旅人の全身を上へ下へ。
「いいえ。ここに住んでいるのは僕だけですが……」
旅人の方もまた困った顔をする。不安げに杖を握り直し、落ち窪んだ両目が足元をうろついた。
「オーエン様はおられない?」
「ええ。失礼ですが、お家をお間違えではないですか?」
「しかし、しかし……確かに以前はこちらにお住まいだったのですが……」
すると青年は「ああ」と手を叩き。
「もしかして、僕が越してくる前に住んでらした方でしょうか。名前は存じ上げませんが、そういえば魔術師の方がお住まいだったと聞いたような気がします」
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