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旅人の落胆ぶりは大きかった。彼は焦がれるように青年の背後に見える室内を仰ぎ、それからがっくりと肩を落とした。雨音にすら掻き消されそうな小さな声で、「そうでしたか……」と呟いて。
「失礼しました。では……」
と、立ち去ろうとした。
その様があんまりにも可哀想だったので、青年は旅人を呼び止めた。
「あっ、待って。よかったら、少しうちで休んでいきませんか。せめて、この雨が止むまでの間だけでも」
振り返った旅人は遠慮してみせたが、顔には明らかに安堵が窺えた。青年は扉の前を開け、旅人にあがるようにと促した。
「さぞ冷えたでしょう。外套はお預かりしますから、どうぞ暖炉の前でお休みください」
部屋の中には柔らかい熱が満ちていた。暖炉には赤々と火が燃えている。引き寄せられるままに旅人が足を運ぶと、暖炉の前に安楽椅子が一脚。どうぞお掛けよと手を広げているかのようだった。
腰を下ろす。彼は心地良い熱に抱かれた。備え付けのクッションは自然と彼の腰に合わせて変形し、ブランケットの手触りが微睡みを運ぶ。凍った手足がじんじんと痺れ始め、血液の循環を取り戻すのを感じられた。
青年が暖炉の前を横切った。静かに蒸気を吐き続けていた薬缶を取り上げ、奥のキッチンに持っていく。数分後に戻って来た彼は、木彫りのコップを両手に持っていた。
「どうぞ。ホットミルクにブランデー、ほんの少しシナモンを効かせました。温まりますよ」
「ありがとうございます」
旅人がコップに口を付ける。甘みと香り、絶妙なスパイスに思わず口元が綻んだ。
「ああ、懐かしい。やっぱり寒い時はこれですね」
「へぇ? あなたも変わった好みをお持ちなんですね」
青年は眉を吊り上げたが、それ以上は何も言わなかった。しばし、二人でミルクを味わう。
やっと旅人の顔に血色が戻り、かじかんだ指先も解れた頃、青年が口を開いた。
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