20人が本棚に入れています
本棚に追加
旅人は残念そうに肩を落とした。
「急に化け猫が現れたこと、オーエン様が行方知れずになってしまわれたこと。そして、〈秘宝〉……なにか関係があるのでしょうか?」
「やぁ、僕に訊かれましても」
青年は空いたコップを下げに行きかけて、足を止めた。窓には未だ雨が強く打ち付けている。
「雨、止みそうにありませんね」
「――猫と言えば、オーエン様は使い魔として猫を飼っていましたね。その猫がどうなったかはご存知ないですか?」
「いえ、知りませんが」
「オーエン様が連れて行ったんでしょうかね? まさか、化け猫に食べられてしまったなんてことは……灰色で毛の長い、雄の猫だったそうですが」
青年の雲行きが怪しくなってきた。彼からしてみれば、一方的に知りもしない前の住人の話を聞かされるのは不快だろう。彼は素っ気なく肩を竦め、奥の部屋へ行ってしまった。
「オーエン様は常々おっしゃってましたよ。野心的な性格の猫でねぇ。良く言えば、独立心があるというか。いつか寝首を掻かれる日が来るかもしれないなんて……」
「知り合いの知り合いとおっしゃっていましたが、随分と親しい仲だったんですね。その魔術師の方と」
「ああ、まあ。結果的にはそういうことになりますかねぇ」
薪が爆ぜる。
ふいに、隣室から聞こえる青年の声が遠のいたような気がした。
「――その猫が化け猫になったとは考えられませんか?」
「オーエン様の猫が? ははぁ、どうでしょうね? 使い魔と言っても、所詮は魔猫。人を喰らうほどの力は持ち合わせておりませんよ」
旅人はカラカラと笑い声を立てた。ブランデーのおかげで体が温まり、舌もよく回るようになってきたようだ。彼は空いたコップを持ち上げ、未だ戻らぬ青年に向かって持論を捲し立てた。
「だいたい、化け猫ってどんなものなんでしょうね? 私は〈薄塵の黄谷〉から旅をしてくる中で、色んなバケモノを見てきました。でも、化け猫ってのはまだ見たことがないんですよ」
「見たいのですか?」
「そうですねぇ……それがそんなに恐ろしいっていうんなら」
最初のコメントを投稿しよう!