BGM

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 人のことを棚に上げて言うが、宮元美鶴は別に美人ではない。明るくもないし、積極的でもない。誰かと比べて特別優しいわけでもない。いつでも笑顔どころか表情に乏しい。だが、妙にモテて放課後はほとんど毎日、男子が迎えに来る。その男子は一週間から二週間で変わる。私は秘かに週替わり定食男子と呼んでいる。  美鶴はそれに応じることもあれば、それを断って何故か私と帰ると言うこともある。幸い、私は女である。修羅場にはならない。が、嫌な顔はされる。一応、気を使って「帰ってあげれば」と言う。美鶴はそんなとき「じゃ、帰る」と男子と帰る時もあれば、男子をじろり見て「もうあんたとは帰んない」と私の手を強引にとって昇降口まで引っ張ることもある。その線引きの理由はわからない。美鶴の気まぐれだろう。  美鶴がモテる理由はよくわからないが、友達は誰と聞かれれば間違いなく美鶴を挙げる。強いて理由をあげるなら、美鶴の話を気に入っているからだと思う。と言っても美鶴の話は別段、面白いわけでもない。美鶴の話はなんと言うか不思議だ。蝶に似ている。あっちにひらひらこっちにひらひらとりとめもない。 最初は相槌を打っていたが次第にどこで相槌を打っていいかわからなくなって生返事をしても美鶴はまだしゃべる。最初は大抵今付き合っている彼氏の話 だが、気が付くと全然違う話になっている。美鶴の話は BGM に似ている。真剣に耳を傾けと疲れてしまうが、ないと寂しい。男子といる時もこんな話し方なのだろうか。もうひとつ美鶴の話を聞くには理由がある。 「 それでね今付き合っているやつがね、猫飼っててね」 猫か。そうだ。猫が出てくる小説を探そう 。 私は本が好きだ。からわれるのが鬱陶しくてあまり学校では読まないが、図書室通いをするくらいは好きだ。でも本なら何でもいいほど読書家ではないから苦労して読む本を探していた。図書室の本を片っ端から読めるほど読書力があれば良いのだが、そうもいかないのだ。そこで美鶴の話から読む本決めることにした。正確に言えばその時の美鶴が付き合ってる男子から決める。教師の息子なら児童文学。(私は高校生だが児童文学もバカにできない)別の彼氏と韓国の映画を見に行った話を聞けば、韓国文学。(これは大当たりだった)おかげで本探しに困ることはほぼ無くなった。 今回のテーマは猫にする。 猫の出てくる小説といえば吾輩は猫であるが真っ先に思い浮かんだ。名作名作と言われているのがなんだか鬱陶しくて今までなんだかんだ読まなかったが、そこまで意地になって読まないでいることもない。早速、借りて読むと これが結構面白い。大当たりだ。が、本の厄介なところは一度面白いと読み出すと 止まらないことだ。読むことわずか二、三ページ。頭の中は吾輩は猫であるでいっぱいだ。 授業中読むのを我慢するのがやっとで、休み時間が5分もあればページをめくる。いらいらしながら放課後を待つ。帰ろと美鶴が言うと一応うんとはうなずくが実際は男子と帰ってくれないかなと思う。こういう時に限って美鶴は男子に誘われても私と帰ると言う。 「美鶴、映画行かない?」 今日は男子が美鶴を映画に誘った。何度か美鶴に帰ろうと言ってきた男子だ。多分、もう彼氏なのだろう。美鶴、と呼ぶ声が妙に甘い。 「 行ってあげれば?彼氏なんでしょ」 少々勢いづいて言ってしまった。美鶴はじっとこっちを見たが、うんと頷いて行ってしまう。それを見て私はちょっと罪悪感に駆られたけれど相手はデートなのだしと思い直した。頭の中はもう本でいっぱいだ。 家に帰って読むと勉強だとかあれやこれやとうるさいので家の近くの公園で読むことにしている。 最近、 本を読んでいると 一匹の猫と会うようになった。模様が吾輩は猫であるの猫に似ているので私は先生と呼んでいた。先生は一定程度の距離を詰めようとするとパッと逃げてしまう。だから私は諦めて動かず本を読むことにしている。先生はじっとこっちを見上げていて近づきさえしなければそばにずっといてくれる。なんとなくふと集中力が途切れて先生がいないと少し寂しい。そういう時は美鶴を思い出した。先生はBGMに似ている。真剣に接するのは疲れるがいないと寂しい。 最近美鶴との関係はあまり良くない。本ばかり読んで美鶴となかなか帰っていないし、帰ろうとも言われなくなった。美鶴のBGMのようなおしゃべりもご無沙汰だ。ようやく、そんなことに頭が回りだしたのは、本がいよいよ佳境に入ってもうそろそろ読み終わるからだ。相変わらず面白いけれどちょっと熱は冷めている。 このままだと先生が 一番の友達になってしまうなあとぼんやり思った。 先生はちっともその気はないだろうが。 美鶴の他に友達はいる。でもあのBGMのようなおしゃべりは美鶴からしか聞けない。いないと寂しいのは美鶴と先生なのはなんとも情けない話だ。 今日は私から誘おうかと思っていたが、タイミングが掴めず、結局、美鶴は彼氏と帰った。私は仕方なく公園で吾輩は猫であるを先生に見られながら読んだ。面白い本を読み終わった時特有の満足と寂しさを以て本を閉じる。明日からまた本を探さないと行けない。それより、美鶴のことも考えないと。手遅れかもしれないが。 視線をあげて飛び上がりそうになった。先生の代わりに美鶴が眉を寄せて立っているのである。 「何してるの?」 声が裏返る。 「もう、読み終わった?」 「はい?」 「その、なんとかって猫の本」 「うん。今」 「じゃあ、帰れるね」 「ハイ」 「休み時間、おしゃべりできるね」 「うん」 「あたしのおしゃべりつまんない?」 「そんなことないよ。本ばっかでごめんね」 「猫よりあたしの方がよくない?」 「猫?」 「先生なんて猫には名前までつけて挨拶しちゃうのにあたしには上の空って変じゃない」 「え、見てたの? 恥ずかし」 「あたし別に一緒にいたって本読むの邪魔しないし。スマホいじってるし」 「それ、友達への態度としてどうなの」 「猫ばっかずるくない?」 「ずるいって。てか、それいいにここきたの? 彼氏は?」 「たまたま、彼氏とここ通ったらあんたが、猫に先生って呼んでてむかついて、彼氏帰した」 「無茶苦茶だ」 いくらなんでも酷い。私は彼氏に同情した。 「ねえ、あたしのおしゃべりが嫌なら」 「嫌じゃないよ。美鶴のおしゃべり好きだよ。本に夢中になりすぎただけ。ごめんね」 「別に謝らなくていいけど、猫に負けたとか嫌じゃん」 猫に嫉妬したのかこの子。あんなにモテてて、平気で彼氏とっかえひっかえのくせに嫉妬したのか。それも猫に。私は笑った。 「負けてないって。私、美鶴おしゃべり好きだよ」 「マジ?」 「マジ」 「ならいいけどさ」 「私こそ、嫌われたって思ってたよ。美鶴放っといて本ばっか読んでたから」 「そんなことで、嫌いになるわけないじゃん。本に嫉妬とかするわけないし」 でも、猫にはしてたじゃん。という言葉は美鶴の名誉のために飲み込んだ。美鶴がモテるのがわかる気がした。だって猫に嫉妬してむくれるなんて可愛い。私が本を読み終えるまで遠慮してたなんて健気すぎる。そう思わせる美鶴はすごい。美鶴じゃなければ鬱陶しいなとこちらから付き合いをやめていた気がする。 「あ、先生」 帰ろうとする先生に手を振るとものすごく可愛い顔でにらまれた。先生ごめんね。BGMとしては先生より美鶴が好き。 明日から聞けるBGMを先生と会うこと以上に楽しみにしている。
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