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桜のつぼみがほころびはじめる。 壁掛け時計が夜の十二時を示すころ、窓辺に座って住宅街を眺めていた。冬を超えて緑が芽吹き始めた街で、民家の灯りがひとつ、またひとつと消えて眠りについていく。 私は膝の上で丸まっている茶トラ猫を撫でた。 喉を鳴らすごろごろという音が、温もりとともに手のひらに伝わってくる。肉付きの良い立派な身体通り体重も立派で、私の足はとっくに痺れていた。トイレも行きたい。けれど気持ちよさそうに眠るボスを起こしたくなくて我慢している。 にゃんたまをきっかけに私はボスに覚えられた。 道端で会えばにゃあにゃあと話しかけられ、すっかり顔なじみになっていった。 冬を目前にした頃、アパートの契約更新を機に、思い切ってペットの飼える物件に引っ越してみた。その勢いで仕事を辞めて、自分に合った職場へ転職をした。 そして、寒さが厳しくなる前にボスを迎えた。 家具の揃わない殺風景な部屋に連れてこられたボスは、まるでずっとそうしていたようにホットカーペットのうえに腹を出して寝ころんだ。夜は私の布団にもぐりこんで一緒に寝てくれた。温もりと重さ、喉の鳴る音、そのどれもが愛おしさと安心感がある。 私を信頼して寄り添ってくれるボスのためなら出来ることは全てする。決意も覚悟も日に日に強くなっていく。 ふと、アパート近くの通りをまばゆい光が移動しているのが見えた。年末のイルミネーションのような電飾を光らせた屋台を、二足歩行のはちわれ猫が引いている。にゃんたま屋と力強く書かれた提灯が赤々と灯っている。 切れ込みのはいった耳をぴこっと動かすと、ボスが目を開けた。 私の膝の上で長々と伸びをして大きなあくびをした。そして私の真似をするように窓辺から顔を覗かせる。 「あたらしいふぐりはあるかなぁ」 そんなふうに鳴いたボスのひげを夜風が揺らしていた。 私は窓辺から手を振った。はちわれはすぐに気づいてくれて、以前のように笑いながら手を振り返してくれた。そのとなりには小柄な黒猫がいて、お揃いのデニムの前掛けをしている。新人さんがはいったらしい。 おだやかな夜に、やわらかな風が吹く。 桜色のちいさな花弁が私とボスの鼻先を舞い、はちわれたちの方へと飛んでいった。                                  了
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