猫にクリーム

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   ひと月くらい前。  家から歩いて5分のところにある商店街の酒屋の前で、俺と坂城さんは出逢った。  なにか運命的なモノを感じさせる出逢いでも、ビビビッと電気が走る様な、特殊な出逢いというわけでもなかった。  職人さんが丁寧に編んだ籠の中で、ニャアニャアと小さく鳴いている猫を見つめ、柔らかく微笑んでいる坂城さんを見て、あぁ、綺麗な人だな。そう思っただけだ。 「これ以上増えたら、お母さんには面倒見られないでしょ?って、嫁が言うんだよ。私は、店番もあるし、子供たちの習い事の送り迎えもあるし、猫にばかり構ってなんていられないんですからね、って。酷いと思わないかい?こんなに可愛いのにねぇ……。アンタ、猫は好きかい?」 「はい。好きです」  ばあちゃんの問いかけに、こくりと頷いた坂城さんを見て、俺は小さく息を吐いた。  酒屋のばあちゃんが、大の猫好きだということを、この商店街で知らない人はいない。酒の飲めない猫が、当たり前の様にチョロチョロと酒屋に出入りする様は、この辺で暮らしてきた人間には見慣れた光景だ。  だから、酒屋のばあちゃんが、店先に籠を置き、猫をニャアニャア鳴かせたところで、誰も足を止めたりしない。 「ばあちゃん、まぁた、猫が生まれたの?可愛らしいこと」  そう言って、前を通り過ぎるのがお決まりだ。酒屋のお嫁さん同様、他にやるべきことがあるからだ。ばあちゃんの長話に付き合っていたら、陽が暮れるどころか、朝になってしまう。 「優征(ゆうせい)。アンタも連れて帰るかい?」  酒屋から数十歩離れた場所に立ち止まり、微動だにしない俺に気がついたばあちゃんが、猫を抱き上げ、そして差し出す。  ばあちゃんのシワシワの手の中で、猫がニャアと鳴いた時——俺と坂城さんの視線がぶつかった。俺は、猫のことなんて少しも見ていなかった。  ただただ——坂城さんを見ていた。
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