猫にクリーム

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   なつめは賢い。  坂城さんがいない時は俺にベッタリなのに、坂城さんが来ると、俺には見向きもしない。俺が、坂城さんばかり見ていることに、気がついているんだ。 「なつめは僕のことが好きなんだね」  坂城さんはソファに座り、なつめの喉をゴロゴロさせている。その横顔をしばらく眺めてから、隣に座る。 「違うよ。坂城さんがお菓子をくれるお兄さんだって分かってるんだよ」 「そうなの?なつめはお利口さんだね。良い子、良い子。あ、優征君も」  なつめを撫でていた坂城さんが、おもむろにこちらを向いて、俺の頭を撫でる。 「ちょっ、何?」  驚いて身体を引くと、クスリと笑われた。 「何って、良い子、良い子してあげようかと思って」 「は?意味分かんない。子供扱いやめてよ」 「そういうわけじゃないよ。何か理由がないと、優征君に触れられないから……」  また、だ。坂城さんは俺を揶揄って愉しんでる。ひと月も一緒にいれば分かる。こんなことで、いちいち戸惑っていたら、この人と『友達』ではいられない。 「別に理由なんていらないよ。触りたい時に触れば良いじゃん」  プシュッと缶ビールを開けても、なつめは驚かない。俺も、ビールを苦いと思わない。このひと月で、色々なことが変わった。 「じゃあ、遠慮なく」  坂城さんの左手が俺の頭を撫で、そのまま指に髪を絡める。耳元をくすぐられ、思わず身体を捩ると、坂城さんが俺との距離を詰めた。 「優征君」 「何?」 「僕、優征君のことが好き、だよ」  この人は、自分が何を言ってるのか分かってるんだろうか。俺の反応を見て愉しもうとしてるのなら、そんな簡単に(なび)くことはしたくない。 「そうなんだ。でも、俺は坂城さんのこと、好きじゃないよ。だって、友達だし……」  坂城さんは『他人のモノ』だ。それを欲しがったところで、痛い目を見るに決まってる。俺は坂城さんの為に猫を飼い、そして『友達』になった。それだけで充分だ。 「そうだよね……。好きになって欲しいとは言わない。だけど、これからもこうして、優征君に会いたい。……ダメかな」 「……ダメ、じゃない」 「本当に?」 「うん。本当」  坂城さんは困った様に微笑むと、俺の服をきゅっと掴む。 「優征君。抱きしめても、良いかな」 「……好きにすれば」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」  坂城さんは、膝上に乗っているなつめを驚かせない様に、俺の肩をそっと抱き寄せる。  坂城さんは勝手だし、欲張りだ。なつめのことも、奥様のことも、俺のことも——何ひとつ手放す気がない。自分の欲しいモノはなんでも手に入れないと気が済まない、我儘で、傲慢な人だ。 「本当に、好きにしても、良いの?」  坂城さんの息が、首筋をくすぐる。 「だから、良いって言ってるじゃん」 「優征君。好きだよ……」  坂城さんに『好きなように』されながら、あぁ、何やってんだろ……。と思ったり、会えなくなるくらいなら、このままの関係で良いや。と思ったり。  頭の中は忙しないのに、やっぱり、触れられると嬉しくて——坂城さんの身体の下で啼きに啼いた。  何もかもが間違ってる。そんなことは——分かってる。  だけど、一度舐めてしまったクリームの味を、忘れることなんて不可能だ。
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