12人が本棚に入れています
本棚に追加
なつめは賢い。
坂城さんがいない時は俺にベッタリなのに、坂城さんが来ると、俺には見向きもしない。俺が、坂城さんばかり見ていることに、気がついているんだ。
「なつめは僕のことが好きなんだね」
坂城さんはソファに座り、なつめの喉をゴロゴロさせている。その横顔をしばらく眺めてから、隣に座る。
「違うよ。坂城さんがお菓子をくれるお兄さんだって分かってるんだよ」
「そうなの?なつめはお利口さんだね。良い子、良い子。あ、優征君も」
なつめを撫でていた坂城さんが、おもむろにこちらを向いて、俺の頭を撫でる。
「ちょっ、何?」
驚いて身体を引くと、クスリと笑われた。
「何って、良い子、良い子してあげようかと思って」
「は?意味分かんない。子供扱いやめてよ」
「そういうわけじゃないよ。何か理由がないと、優征君に触れられないから……」
また、だ。坂城さんは俺を揶揄って愉しんでる。ひと月も一緒にいれば分かる。こんなことで、いちいち戸惑っていたら、この人と『友達』ではいられない。
「別に理由なんていらないよ。触りたい時に触れば良いじゃん」
プシュッと缶ビールを開けても、なつめは驚かない。俺も、ビールを苦いと思わない。このひと月で、色々なことが変わった。
「じゃあ、遠慮なく」
坂城さんの左手が俺の頭を撫で、そのまま指に髪を絡める。耳元をくすぐられ、思わず身体を捩ると、坂城さんが俺との距離を詰めた。
「優征君」
「何?」
「僕、優征君のことが好き、だよ」
この人は、自分が何を言ってるのか分かってるんだろうか。俺の反応を見て愉しもうとしてるのなら、そんな簡単に靡くことはしたくない。
「そうなんだ。でも、俺は坂城さんのこと、好きじゃないよ。だって、友達だし……」
坂城さんは『他人のモノ』だ。それを欲しがったところで、痛い目を見るに決まってる。俺は坂城さんの為に猫を飼い、そして『友達』になった。それだけで充分だ。
「そうだよね……。好きになって欲しいとは言わない。だけど、これからもこうして、優征君に会いたい。……ダメかな」
「……ダメ、じゃない」
「本当に?」
「うん。本当」
坂城さんは困った様に微笑むと、俺の服をきゅっと掴む。
「優征君。抱きしめても、良いかな」
「……好きにすれば」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
坂城さんは、膝上に乗っているなつめを驚かせない様に、俺の肩をそっと抱き寄せる。
坂城さんは勝手だし、欲張りだ。なつめのことも、奥様のことも、俺のことも——何ひとつ手放す気がない。自分の欲しいモノはなんでも手に入れないと気が済まない、我儘で、傲慢な人だ。
「本当に、好きにしても、良いの?」
坂城さんの息が、首筋をくすぐる。
「だから、良いって言ってるじゃん」
「優征君。好きだよ……」
坂城さんに『好きなように』されながら、あぁ、何やってんだろ……。と思ったり、会えなくなるくらいなら、このままの関係で良いや。と思ったり。
頭の中は忙しないのに、やっぱり、触れられると嬉しくて——坂城さんの身体の下で啼きに啼いた。
何もかもが間違ってる。そんなことは——分かってる。
だけど、一度舐めてしまったクリームの味を、忘れることなんて不可能だ。
最初のコメントを投稿しよう!