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1、純には関係ない!?
僕はバスの窓から緑葉茂る初夏の山々を眺めていた。
『ここって本当に東京なのかな?』
東京と言っても駅前以外は山や緑の木々が目立つような場所で住んでいた街とそれほど変わり映えしない。
そんな片田舎で専門学校とバイトの生活を淡々とこなしていた。
がある日、隣の部屋から悲鳴のような大きな声が聞こえて来た。
ドアを開けて見てみると僕と同い年くらいの女の人が外に出ていて右往左往して怯え迷っている様子だ。
ドアから顔を出して見ている僕に気付くと
「すいません、ゴキブリが出たんで、、、殺虫剤貸してもらえませんか?切らしてしまって」と恥ずかしそうに言った。
「いいよ、このアパートそういうの多いよね」自分も同じ目にあって買っておいた殺虫剤を手に取り部屋に行った。
部屋に入ると淡いピンク色の年季の入った大きなビーズクッションと中央に猫形のテーブルが可愛らしくおいてある。
「うわっ、でかい…」
思わずうなってしまった。
それは黒光りのする装甲車のようなゴキブリで退治に慣れている僕でも思わず怯む大きさだ。
飛んで来られないように一定の距離をおいてスプレーを噴射するとまるで元気になったようにものすごいスピードで四隅をジタバタする。
彼女は丸めた新聞紙を手にゴキブリを追っていたが、やつは何処かに姿を消してしまったらしい。
「多分どこかで死んでると思うよ」
「うん、でも怖いな」と女の人は窓を換気しながら言った。
また呼ばれて処理しなければならないのが面倒なので四辺を隈なく探してみたがやつは出てこない。
「とりあえず退治してくれてありがとう。ねえ、コーヒー飲む?名前はなんて言うの?」
コーヒーメーカーにフィルターをセットしながら言う。
「俺、大橋純って言うんだ。コーヒーもらうよ」
「じゃあ、今度から純って呼ぶよ、私は木宮ナミ。ナミって呼んでね」そう言って「はい」とコーヒーをテーブルに置いた。
「うん、ナミって名前、うちの姉貴と一緒だよ」
「ヘー、そうなんだぁ。偶然だねぇ」と笑顔がとても近くなった気がする。
「ねえ、今度何人か集めてうちでゲームでもしない?大富豪なんてどう?沢山人がいたほうが楽しいし」
とナミはテーブルに何かメモ書きして、宙を見つめながらそんな提案をしてきた。
「ああ、俺、結構強いよ」かつて何十連勝もしたのを思い出しながら言った。
そんなで、僕たちは週に一回ほど集まる機会を設けてカードゲームに興じることになった。
「おはよう、純!今日もバイト?」
ゴキブリの件以来、ナミの彼氏の永瀬達也(たっちゃん)とアパートの住人の後藤政志(まっちゃん)ともすっかり仲良くなっていた。
今日のナミはノースリーブ姿でポストの中身を確かめている。
「今夜も大富豪やるからよろしくね」とナミは笑顔で言った。
「うん、今日は専門学校午前中だから夕方には行けるよ」
「あっ、当然まっちゃんも来るから。それと神保君ってまっちゃんの友達も」
まっちゃんは、いつも下位の方を争うのに本当に大富豪が好きだなと思わずナミも僕も苦笑いしてしまった。
駅に向かうバスの中、まっちゃんがくれた音楽を聴きながら僕は一人暮らしの楽しさを実感した。
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