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 周吾とは連絡先は交換しなかったが、彼に会うなら海岸だろうと思っていた。朝食を済ませたあと、昨日買ったお菓子を持って海に向かう。  今日も周吾と出かける約束をしているが、彼は丸一日の勤務を終えた後だし、夕飯を一緒に食べるくらいが良いのかもしれない。  それにしても、彼はどうやって私をその気にさせるつもりかしら……。あの言葉を信用してるわけじゃない……別に期待しているわけじゃないのよ……。なのにどうしてこんなに気になるんだろう……。  歩道から市街の方へ目をやる。消防署はここからすぐだって言っていた。  約束しているわけじゃないのに、彼が来ると信じているし、早く来ないかなって思ってる自分に少し驚いた。  砂浜を踏み締めるように歩いていくと、背後から名前を呼ぶ声がする。ただその声は那津が望んでいたものではなかった。 「那津!」  振り返るな、と本能的に感じる。背筋が凍り、怒りが込み上げてくる。 「那津! おい那津ってば!」  肩を掴まれ、ぐいっと強く引っぱられる。そこには怒ったような目で那津を睨みつける元カレの貴弘(たかひろ)が立っていた。 「何でここに……?」 「那津がいきなり別れるって言うからだろ? お前は気付いてなかったけど、スマホにGPSのアプリを入れておいたんだよ」  那津は血の気が引いていくのを感じた。普通の恋人同士のつもりだったのに、まさかそんなことをされていたなんて……。 「……何それ……私の許可なく?」 「言ったら入れたがらないだろ?」 「当たり前じゃない」 「やっぱりな。なんかやましいことがあるんだろ? そんな気がしてたんだよ」  貴弘の顔に怒りの様相が表れる。それでも那津には彼の言っている意味がわからなかった。 「……何言ってるの……? やましいことなんかないわよ! もういい……話しても埒があかない。あなたとは別れたの、早く帰って」 「そんなの一方的な別れだろ! 俺は納得してない。なぁ那津、お前浮気してたって本当か? その男と付き合うから俺と別れるのか? だったらちゃんと俺に謝罪しろよ!」  那津は愕然とした。謝罪しろ? するのはあなたの方でしょ? 那津の中で怒りが爆発した。 「……何言ってるの⁈ 浮気したのは貴弘の方でしょ? 知ってるんだから!」  明らかに貴弘の顔色が変わった。バレていないとでも思っていたのだろうか。那津は悔しくなって下唇を噛んだ。
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