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周吾は貴弘の姿が見えなくなったのを確認してから、那津の方へ向き直る。彼女の肩が震えていることに気付くと、背後からそっと肩に触れる。
「大丈夫?」
「ごめんなさい……今はやめて……あいつに見られているかもしれないし……」
周吾の手を振り払い、那津は彼から離れるように歩き出す。それから砂浜に腰を下ろし、膝を抱えた。
すると無言のまま、周吾も那津の隣に座る。
「……どこから聞いてたの?」
「ん? いや、そんなには……。二人に気付いて走ってきたから……浮気の証拠って辺りから聞こえたかも」
「そっか……」
「彼氏ってどれくらい付き合ってたの?」
「元カレね……半年くらいかな。会社の同僚で、あっちから告白されて付き合ったの。付き合ってることは内緒にしてたんだけど……最近すれ違いばっかりでなかなか二人で会えなくなって……」
「浮気の証拠でも出てきた?」
「うん……まぁ似たようなものかな。同僚の女の子がSNSで彼氏の存在を匂わせてて、それが貴弘とかぶるのよ。だからあの子が念入りに化粧直しをしているのを見て、これから会うのかもしれないって思って……」
「部屋に行ったんだ?」
那津は頷くとため息をついた。
「軽蔑した? 私もやってること最低だよね……」
「でも那津さん、本当は何もなければいいと思ってたんじゃない? 全て自分の勘違いであればいいって思ったから、行く前にメールもしたんだよ。でもその気持ちは伝わらなかった」
確かにその通りかもしれない。ただ信じたかっただけなのに、簡単に裏切られてしまった。
「ねぇ、その音声って録れてたの?」
「そんなのわかんないよ。確認してないもん……自分の彼氏が他の女と寝てる時の声なんて、怖くて聞けない……」
「まぁそりゃそうだよね。じゃあ俺が確認してあげようか?」
「はぁっ⁈ な、何言って……」
「大丈夫。那津さんに結果は言わないからさ。ほら、スマホ貸して」
「えっ、い、嫌よ!」
「いいから、ほら」
周吾は那津の手に握られていたスマホを奪い取る。
「暗証番号は?」
「……貸して。私がやる」
スマホのロックをはずし、那津は躊躇いながらもフォルダを開き、あの日の動画を見つけると、スマホを周吾に手渡した。
周吾は受け取ると、無言のままスピーカーを耳に当てる。彼の反応が気になりつつも、耳を塞いで寄せては返す波だけをじっと見つめていた。
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