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「なるほど」
周吾はそう言うに留まった。録音出来ていたのかいなかったのか、どちらにもとれる反応に、那津は不安になる。
「とりあえず元カレが言っていたアプリを消しておこうか」
「あっ、そうだった。どれかわかるの?」
「まぁね……でもステルス機能がついてるやつかも……」
ぶつぶつ言いながら操作していると、ようやく口元に笑みが浮かぶ。
「見つけた。消去していいよね?」
「も、もちろん! ありがとう、助かった……。たぶん一人じゃ無理だったから……」
「でもホテルの場所とかはバレてるだろうし、待ち伏せとかしてたりして」
「それはないんじゃないかな。だって帰るって言ってたし」
「そうかな……結構未練タラタラって感じに見えたけど」
「もしそれくらい愛してくれていたら、浮気なんかしないと思うもの」
「まぁ……でもどんな人間だって、魔が差したりするもんだよ」
「そうだとしても……やっぱり嫌……」
「あはは、だよね」
下を向いた那津に、周吾はスマホを差し出す。
「録画の音声のこと、知りたい?」
「……知りたくない」
「じゃあ俺の心の中に留めておこう。それにしても、那津さんがやけに警戒心が強い理由がわかったよ。あの元カレじゃそうなるかもね」
周吾が思い切り吹き出したため、那津は口を尖らせてそっぽを向いた。
「あぁ、それから俺の番号登録しておいたから、何かあったら連絡してね」
「……うわっ……信じられない……」
「まぁお守り代わりだとでも思ってよ」
お守りか……確かにさっき私を助けてくれた姿は頼もしかった。
「瀧本さん、家に帰る所でしょ? 私のことはいいからもう戻って」
それから手に持っていた焼き菓子のことを思い出し周吾に手渡す。
「教えてもらったお店に行ってきたの。すごく素敵だった、ありがとう……。これはそのお礼というか、お土産」
「もしかしてチョコレートケーキ?」
「そう。私は別のケーキを買ったんだけど、すごく美味しかったよ」
周吾は嬉しそうに微笑む。それから何やら考え込みながら、貴弘が消えていった市街の方へ目をやった。
「あいつ、きっとまだいるだろうな……。今から那津さんと出かけたりして、那津さんに何かあったら大変だし……」
「……そうね。でも瀧本さん、勤務明けだし、とりあえず家に戻って休んで。会うのはそれからでもいいし」
そう言った瞬間、那津の体は周吾の強い腕に抱きしめられていた。
「那津さんに何かあったらと思うと、休んでなんかいられないよ」
那津はドキドキした。なんて厚い胸板、力強い腕、男らしくて優しい香り……。どうしよう……息が苦しい。
「で、でも! とりあえず休まなきゃ! またお昼過ぎから出かけない?」
「……心配だから、送り迎えは俺にさせてくれる?」
「……わかった」
「よし、じゃあホテルまで送らせて」
那津が頷くと、周吾は彼女の手をとって歩き始めた。
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