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 ホテルに戻った時には、貴弘の姿はなかった。ほっと胸を撫で下ろし、横に立つ周吾の顔を見た。 「いないみたいだけど、とりあえず用心をして。エレベーターの階数ボタンをいくつか押してから部屋に戻るように」 「うん、わかった。瀧本さんもちゃんと休んでね」  そう言いながらエレベーターのボタンを押した那津の耳元に、周吾はそっと口を寄せる。 「そろそろ名前で呼んでくれたら嬉しいな」 「……考えておく」 「楽しみにしてる。また後で連絡するよ」  後で連絡する? 連絡先を教えた覚えのない那津は不思議そうに首を傾げたが、エレベーターが到着したためすぐに乗り込んだ。 * * * *  外に出るのが怖かったので、いつもなら海に行って過ごしていたところを、持ってきた本を読んで時間を持て余す。  それも終えてやることがなくなったため、チェックインをした時にもらったパンフレットに目を通す。  するとホテルそばに漁港があるのを見つける。直売のお店もあると書かれており、那津は興味を惹かれた。  あれからだいぶ時間が経ったし、もし貴弘が来ていたとしても、諦めて帰ったんじゃないかしら。  那津はカバンを持つと部屋のドアを開け、廊下に誰もいないことを確認してから非常階段に向かう。エレベーターに乗ればロビーに降りる事になるため、万全を期すために非常階段を選んだ。  一階までゆっくりと降りて行き、ロビーを覗いた那津はギョッとする。そこにはソファに座ってスマホを見ている貴弘がいたのだ。  やっぱりいたんだ……でも私が逃げるのも本当はおかしいよね……。先程の会話で言いたいことは言ったし、こちらから話すことは何もなかった。  それにきっと会って話せば嫌な思いをする。それが目に見えているからこそ、会いたくなかった。だからここに逃げてきたのに、どうしてこうなってしまうんだろう。  階段横の扉を開けて、裏庭へ抜ける。小さな噴水の周りに花が植えられた庭園を、何度も振り返りながら進んでいく。誰も来ないとわかると、ようやく立ち止まって深呼吸をした。  バレていないはず……そう祈りながら海岸線の道路へ出ると、漁港へと歩き出した。  
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