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「ちょっとそこのお姉さん。海苔の佃煮を持ってるお姉さん」
突然大きな声が響く。背後から聞こえたその声が自分に向けられたものかわからなかったため、那津はとりあえず振り返ってみる。するとそこにはTシャツに前掛け姿の若い男性が、干物店の中でニコニコしながら立っていた。
あたりを見回しても、海苔の佃煮を持っているのは那津しかいなかった。
「もしかして……私ですか?」
「そうそう。ねえ、今電話で瀧本って言ってたけど、それって瀧本周吾のこと?」
「えっ、彼とお知り合いなんですか?」
「おぉ、やっぱり! じゃあお姉さんは、周吾が追いかけ回してるって噂の旅行の人?」
その言葉には語弊があるような気がしたが、
「えっと….とりあえず旅行者です」
と返事をする。
「あの……彼とはどのような……?」
「あぁ、すみません! 周吾とは子どもの頃からの友達なんですよ。下野|絢斗っていいます。この町って広いようで狭いから、いろいろ噂が流れるのも早くて。周吾にはいつ声をかけられたんですか?」
「えっと……三日前かな……」
「三日⁈ それで周吾がそんなにも御執心とは……! お姉さん、やりますね〜」
「わ、私は何も……」
「あいつ、いい奴でしょ?」
「まぁ……そうですね。落ち込んでここに来たんですけど、なんかいろいろ励ましてもらいました……でも逆に良い人過ぎて不安になるというか……信用していないわけじゃないんですが……」
「いやいや、そう言う時点で信用してないですよね」
「……あ、あの、瀧本さんってどんな人なんですか?」
「あはは、あのまんまですよ。裏表がなくてストレート。誰かのために仕事をしたいって言って消防士になった奴ですから」
「そうなんですか……」
「あいつね、高校の時から付き合ってた彼女がいたんですけど、彼女が大学進学のために上京しちゃったんです。でその彼女にサプライズで会いにいったら浮気現場に遭遇して、そのまま別れ話になっちゃったって過去があって」
那津は驚いて目を見開く。まるで自分の話を聞いているようだった。
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