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仕事の問い合わせかもしれない……だって彼女は同僚だし、班は違っても携わっていることは被ることが多い。
躊躇いながらロックを解除し、彼女からのメッセージに目を通す。
『どうしても今日中に梶原さんに確認したいことがあるので、お会い出来ませんか? 今いらっしゃる場所のことを北山さんに聞きました。実は今駅のそばまで来ています。』
ゾッとした。ここまで来てる? 確認だけなら電話でだって出来る。文書ならメールでもいい。わざわざ会いに来る理由を考えるなら……彼のことだろうか。
もう私は別れた。彼と付き合いたいのならそうすればいいじゃない。私はもう関係ない……。
そこまで考えてハッとする。貴弘に嘘を伝え、体の関係まで持った。そしてわざわざここまで私に会いに来たということは……もしかして狙いは私だった?
私にだけわかる匂わせ行為……そう考えれば、全てのことに納得がいく。
那津は深呼吸をしてから、画面をキッと睨みつける。そうか。裏切られて打ちひしがれた私を拝みに来たというわけね。彼女がその気なら受けて立とうじゃない。
海岸だとわかりにくいと思い、那津は昨日出かけた漁港を指定してメッセージを送った。あそこなら駅前の地図にも書いてあったはず。するとすぐに返事は返ってくる。
大丈夫。私は平気。どん底まで落ちたけど、周吾くんのおかげでちゃんと戻ってくることが出来た。
怒りはある。でも悔しいとか悲しいとか、そういう感情を伝えたいわけじゃない。どういう気持ちでやったことなのかを確認したかった。
那津は部屋の鍵を握りしめると、カバンを持って漁港へ向かう。
足取りは重かった。だってあの夜に聞いた声を、今も鮮明に思い出せる。私が浮気をしていると貴弘に嘘を教え、彼を寝とった女。
本当は会いたくない……でも会わなければ負けてしまうような、複雑な気持ちだった。
漁港手前の、たくさんの船が停泊しているマリーナの近くにあの女はいた。
白のサマーニットに黒のタイトスカート、高いヒールを履いた、明らかにこの場に似つかわしくない女がそこにいた。
女は那津に気付くと、気持ち悪いほどの笑顔を向けた。
「梶原さん、お休み中にすみません」
「いえ……わざわざ会いにくるほど重要な用件なんですよね」
「ええ、そうなんです」
それからわざと間を置くと、女はニヤッと笑う。
「貴弘さんのことを謝ろうと思って」
言葉を失った。謝るですって? 怒りが込み上げてくる。
那津が女を睨みつけると、二人の間には不穏な空気が流れ始めた。
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