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 背が高くて体格の良い周吾に睨まれ、佐藤は一瞬たじろいだ。 「あ、あんた誰よ!」 「那津さんの友達ですよ。それにしても、何を根拠に音声が録れていないなんて言うんですか? 佐藤(さとう)理奈(りな)さん」 「何で私の名前……!」  那津は目を見張る。周吾くんに彼女のことは何も話していない。貴弘との会話で苗字は知っていたとしても、下の名前までは出なかったはずだ。ということは……。 「……録れていたの……?」  周吾は那津の顔を見ながら頷く。 「那津さん以外の女の声っていうか、胸糞悪い奴らの情事の声なんて吐き気がするけど、ちゃんと証拠は残ってるんだよ。しかもそれだけじゃない。あんたがあの男を誘導する場面もしっかり録れてたし。あれでよく証拠がないとか言えるよな」  佐藤は無表情のまま周吾を睨みつける。 「あーあ、本当に最後までクソみたいな女ね……」  そう呟いてから那津の方に向き直ったかと思うと、突如那津の体を両手で押したのだ。 「えっ……」  バランスを崩し、那津の体が宙に浮く。 「那津さん!」  那津を見下すように見ている佐藤の視線が突き刺さる。  そして大きな音と水飛沫が上がる中、那津の体は海の中に沈んだ。  その瞬間、周吾は衝動のまま勢いよく海に飛び込んだ。  ここはまずい。船が多いし、水質も良くない。姿を見失ったらお終いだ。ましてや何の装備もしていないのだから、長時間は耐えられない。  もがく那津の姿を確認すると、すぐに手を伸ばして彼女を引き寄せ地上に上がる。  顔を出した時、水を飲み込んでしまった那津が大きく咳き込んだ。 「那津さん!」  咳き込みながらも、那津は何度も頷く。それから周吾に必死にしがみつく。 「周吾くん……怖かった……! もう死ぬかと思った……」  周吾は那津を強く抱きしめ、背中を撫でる。 「大丈夫か⁈ 今救助隊が来るから待ってろ!」  地上では漁港関係者が、二人を救助しようとざわついていた。  周吾が海に浮かびながら理奈を睨みつけると、彼女は怯んだようにその場から逃げ出す。 「誰かその女を……!」  しかし周吾の腕の中で那津が首を横に振ったので、周吾は仕方なく黙った。 「わかったよ……でも本当は許すべきじゃないんだよ……俺だって怒ってるんだから……」 「うん……ごめんなさい……ありがとう……」  いくつものサイレンの音が響く。周吾の腕の力強さにホッとしたのか、那津は意識が遠くなるのを感じていた。
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