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車が走る海岸線の道路から砂浜へと足を踏み入れる。あたりを見回すが、砂浜には子連れの親子、年配の夫婦らが数組いるだけ。今朝の男性はいなかった。
ほっとしながらゆっくりと歩き出し、海のそばに腰を下ろした時だった。
「やっぱり来た」
背後から声がして、那津は嫌な予感がしながら恐る恐る振り返る。案の定、周吾が満面の笑みで立っていた。
那津は表情を曇らせ、大きなため息をついた。
「何なんですか……意味わからないんですけど……」
この人がいないことを確認したはずなのに、どうしているのだろうか。
すると周吾は後ろの方を指差す。
「俺の部屋、すぐそこなんだ。だから君が来たのが見えたから飛んできた」
先ほどとは違うTシャツに着替え、ほんのりとボディソープの香りがする。
「……まさかとは思いますけど、これってナンパですか?」
「……俺そんなに軽そうに見える?」
「見える」
周吾が隣に座ったが、那津はどこか諦めたように動こうとはしなかった。
「傷付いた女はちょろいとでも思いました?」
「あはは、やっぱり傷付いてるんだ」
自分から墓穴を掘ったことに気付き、ため息をつきながら肩をすくめた。
すると周吾は手に持っていたビニール袋を開け、中からサンドイッチを取り出す。
「お昼って食べた?」
「……まだです」
「良かった! ここのサンドイッチ、美味しいって評判なんだ。いっぱい買ったからさ、良かったら一緒に食べない?」
渡されたサンドイッチはたくさんの具材が入っていて、断面がカラフルで可愛くて、食欲をそそられた。
「もらっていいの?」
「もちろん」
周吾から受け取ったサンドイッチをじっと見ていると、久しぶりに空腹感を感じた。隣で美味しそうにサンドイッチにかぶりつく周吾を見て、お腹が鳴った。同じようにサンドイッチを食べた那津は、あまりの美味しさに目を見開く。
「美味しい……パンが甘い……」
「そうなんだ。食パンが人気のお店なんだけど、俺みたいな独身男には野菜も摂れるサンドイッチはありがたいんだよね」
さりげなく"独身"アピールをされたような気がして、やはり警戒してしまう。でもこのサンドイッチは美味しいし、たとえ餌付けされているとしても、悪い人ではないのかもしれないと思い始めていた。
「ご飯が美味しいなんて久しぶり……」
那津がポツリと呟くと、周吾は食べ終えた包紙を丸めてから口を開いた。
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