マリーナ家の侍女A

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マリーナ家の侍女A

マリーナ家の侍女A マリーナ家の庭園に咲き誇る草花。 ハーブから薔薇と言った様々な種類の草花が自然な調和で背景と化する。 庭園に置かれた象牙色のアンティークなイスと机。その上に鎮座する茶器も細部まで端麗に彫られた名器である。 一眼見ただけで莫大な金が掛かっていると分かる豪奢な庭園に負け劣らない美しさを誇る人が一人、紅茶を啜りながら本を読んでいた。 あぁ、もちろんその美人とは私の事を指している訳ではない。 私はそこまでナルチストでも無く、平凡な顔立ちである。私は美人の横で立っている侍女Aである。 美人なのは! 我が主アリーエ様である! 何というか、全てが神! 私としても、こんな主人に仕えられる日が来るとは思わず涙を飲む。 第一に誰にでも優しいのだ!アリーナ様は。 さっきも「誰も居ないし、クルスも一緒にお茶しないかい?」 だってな! 優しすぎるだろ、侍女Aに。 あ、因みに私=クルスである。 愛称で呼んでくれただけでこんなにも嬉しいとは……….. 我が主は物憂げに茶を啜っているだけでも絵になる。 此処に宮廷画家でも呼んできて絵を描かせればかなりの名画として売れるだろう。売れなかったら私が買う!! さっきから主人馬鹿を発揮する私だが、それもそうだろう。 この家の使用人一同、お嬢様の事が大好きなのだ。 天国の様な庭にモブな私が堂々立ってて言い訳がない。 と、言うわけで私は背景と一体化しつつ主を間近で見られる特等席で悦に浸るのだった… これこそ尊いと言う奴なのである。 「クルス、」 不意に名前が呼ばれて私は顔をあげる。 「どうかなさいましたか、アリーエ様。」 「そろそろ学園に向かおうと思ってね、馬車を用意してもらえるかい?」 「はい、分かりました。直ぐにでも。」 「ありがとう。」 簡素な会話だ。だが私の脳内はこのやりとりで脳内細胞が活性化し、暴走を始めている。 …………。 天使……やばい尊い……..一日中崇めてたい…. お礼を推しに言われてしまった…… 我が主は私の主であり、推しなのである。 って言うか、前世の推しにそっくりだったので崇めていたらいつの間にか推しになっていたのである。 私には、良くある転生物と同じく前世の記憶とやらがある。 高校1年生だった私は夏休み、コミケに行く最中トラックに跳ねられて死んだ。 最後の記憶は、手に持っていたバックから推しのキーホルダーが零れ落ちそれを見て死んだ記憶。 転生したらしたで色々大変で、唯一の癒しが推しにそっくりな主である。 ってか私、凄くね? 偶然だとは言えども、推しに似た人に出会えたんだよ? 何という幸運。 この世界に転生させてくれた神に感謝を! はっ、いかんいかん。 無駄にフレーズしていた。 このままだと、主の登校に支障が出る。 私は、私が開発した陰魔術を行使して御者のナンに連絡をかける。 「ナン」  ビクッと脳内で、ナンが飛び跳ねる音がする。 さては、何か仕事でもサボっていたか〜? 「な、なんだっ……..て、なんだクルスじゃないか。いい加減、その魔術止めてくれないか…?心臓に悪い。」 「仕事でもサボっていたのですかナン?アリーエ様がそろそろご登校なされるようなので準備を頼みます。宜しくお願いいたしますよ。」 「そんなわけねぇだろ!まぁなんだ、ちょっと煙管でも吹いてただけだよ。勿論準備は満タンだ。この時間帯、お嬢….じゃない坊ちゃんが登校する時間帯だからな。」 「煙管って….それを俗にサボると言うのですが……..」 「あー聞こえねぇッッ」 プチッと何かが切れる音がする。 通信を強制的にナンは切った様だった。 くっそ、最初の方は切り方をナンは知らなくて良くそれで長話に付き合わせてたのに……. まぁ良い。 取り敢えずは、主人のティータイムが終わるまで待機しよう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「クルス」 「分かりました。御本は持って行かれますか?持って行かれないのでしたら預かります。」 すると、アリーエ様はクスリと笑う。 「私は何が何とも言っていないのに。」 「察するのも使用人の務めですから。」 「違ったらどうするんだい?」 「そうでありましたら、私は鍛えるのがまだ足りていませんね。会話術とアリーエ様の事を良く知る為に一週間程時間を下されば完璧な以心伝心を物にして見せます。」 「しなくて良いよ。本は学園に持っていく。制服と鞄は……」 「此方にご用意させて頂いてます。」 ガラガラガラ〜とマジックバックから制服とバックを乗せたトレーを取り出す。 何となくトレーに今日は乗せてみた。 ふふん。侍女として勤めてもう6年?7年? 一応ベテランなのかな? めちゃくちゃ綺麗やろ!折り目が! 頑張ったんだ! 「ありがとう。」 そう言って、アリーエ様は制服のジャケットを羽織る。長い腰で一括りにした髪を無造作に垂らし、ボタンを閉めた。 男性物の制服すら着こなすアリーエ様は凄いと思う。 アリーエ様が男性物の服を着ている理由としては、この国では男性しか爵位を受け継いではいけない事、そしてマリーナ侯爵家は嫡男がいない事からアリーエ様は男性として育ってきた事等からだ。 元々中性的な見た目をしているので、男性にも見えなくもない。 と言うか、主様そこら辺の侯爵家の嫡男なんかよりよっぽどモテてる。 「さぁ、行こうかクルス。」 「はい。」 鞄を持ち、歩き始めたのだが主様の声で静止する。 「あ、あと。」 「何でありますか?」 「学園では、アリーエではなくアリフレッドと呼ぶ事。流石に男性の愛称としては可笑しいからね。」 「勿論です。アリフレッド様。」 歩き始めた主様の背を追う様に歩いて行く。庭園を抜けて、エントランスへと向かう。 エントランスのその先、無駄にデカい玄関には馬車が止まっていた。 ナンが扉を開けて待っている。 その奥には、私の同僚のレイアが控えていた。 本来は、私が学園について行く専属侍女なのだが今日は色々予定があるのだ。 泣く泣く、見送りの言葉を主様に言う。 「鞄は自分でお持ちになさられますか」 「あぁ、帰ってきたら学校での出来事でも聞いてくれ。クルスも、今日は何やら予定があるんだろう?何の用があるか分からないが、クルスが居ないと少し寂しいな。それでは、行ってくる」 「行ってらっしゃいませ、主様。」 カッチャンと無慈悲にも馬車のドアは閉まり、どんどんと遠ざかっていく。 うう、推しが….あと、八時間後ぐらいには会えるけど! 主様だって学園で頑張っているんだ、私は私がやるべきことをやらねばな! 主様が通っている王族から庶民までが通う実力主義の学園ホォリウム王国アーマイゼ学院。 そこまで行くのに侯爵家から40分程。 授業は午前午後含めて七時間。 八時間じゃなかった、お昼含めて十時間か…? そんな、耐え切れない….. ガクッと膝をついてその場に倒れる。 侍女長がいたら叱咤物だが気にせん。 だって誰もいないんだもん! まぁ、今日はただでさえ忙しいのに他にやる事があるのだ。 頑張るぞーえいえいおー(棒)
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