侍女Aと面倒な仕事

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侍女Aと面倒な仕事 〜前編2〜 パーティについて兄貴から連絡があった一週間後。 マリーナ侯爵家では慌ただしく主の見送りの準備がされていた。 主が向かうのは、勿論あのパーティである。 なので、長旅になる事を見越しての大荷物と兄貴へ渡す献上品、マリーナ領の特産品などを纏めて置く。 玄関ホールには、いくつものトランクが広げられ、引っ切りなしに使用人達が行き交いしていた。 ウェンテール国はフォリウム国を越えて約五ヵ国程の国々を挟んだ東の方角に位置する国である。 国を一つ横断するだけでも通行証と入国手続き、そして広大な領土を交通手段を変えつつ渡らなければならないので、此処からウェンテール国中央都市までは普通は馬車でニヶ月程度かかる。 だから今回は飛竜車で行くらしい。 それでも一週間かかると言うのだからどれだけ距離が離れているかわかるものである。 ウェンテール国に向かうメンバーは主様、主様の父君、エミル、ナン、雇った護衛騎士の方々だ。 ナンは、馬車だけで無く竜車の操縦もできるハイスペックな御者なのでついて行くと。 エミルは立候補したお陰なのか、主と主の父君の従者として。護衛騎士の三人組は、フォリウム国内でもかなりの実力を誇る騎士団:黒竜から雇ったらしいので、私としても安心だ。 まぁ、一応心配なので私が使役している精霊『宵』を主様の影に忍ばせて置く。 何かあった時は、きっとこの子が守ってくれるだろう。   出発の時間になり、玄関を開けると風が邸宅の中に吹き込んでくる。 外には巨大な竜が留まっていた。 竜の背中には、括り付けられた箱が鎮座している。 鎖で幾十にも巻き付けられたソレは、黒々とした鋼鉄で出来ている様だった。 鉄格子の窓と、かろうじてドアに見える入り口だけがソレに嵌められている。 中は以外と快適ならしいが、この世界の快適は信用出来ないので私としては絶対乗ったら吐く気がする。 って言うか、強風に吹かれたら飛んでいきそうなので安全面等の問題でも乗りたくない。 私のマジックパックにトランクと、色々な荷物を収納し、竜の背中に取り付けられた拙い梯子を伝って箱に到達する。 箱の扉を開けると、中はソファが四つ程並べられ中央に床に固定されたテーブル、奥に大きなクローゼットとお手洗い……そういやこれ私の国で開発した異空間式トイレやん、もう此処まで復旧してるんだなが設置されていた。 クローゼットを開けて中に物をマジックパックから取り出して収納する。 クローゼットに色々な物を仕舞ったら、鎖と南京錠で鍵を掛けた。 こうしないと、中の物が溢れ出てくるらしい。 床には赤いカーペットが敷いており、壁はクッションで覆われているのを見ると壁にぶつかる程揺れる事がよく分かる。 やはり、私は竜車には乗れないな…..と思いつつ、最後に仕上げとしてソファにいくつかのクッション、テーブルに主様の読みかけの本を並べて竜車から出た。 使用人達は、エントランスの側に2列になって並んでいたので、私もその列に加わる。 最後に、玄関から主様と、主様の父君、後ろからエミルと護衛騎士の方々がその真ん中を通る様にして出て行く。 「「「いってらっしゃいませ。」」」 使用人一同礼をしたので、私も合わせる。 何度もやった事があるので、もう慣れたとは言えど、まだ動作に乱れがある。 他の先輩の使用人方の一糸乱れぬ姿勢は惚れ惚れとする程綺麗だ。 ううむ、これぐらい私も動けるようにならなければな……..そう思いつつ顔を上げると、目の前に主様の顔があった。 「あ、アリーエ様?」 「本当は、クルスも連れていきたかったんだけど、クルス用事があるんだよね?残念だな…..お土産買ってくるから楽しみにしててね。」 こそっと私にそんな事を言って主様は竜車に乗り込んでいった。 顔面偏差値たっか………..尊い……. お土産…..、え、楽しみや…….. もし貰ったら家宝….いや国宝にしておこう。 少し魂が天国に飛んだ私は、次の仕事をする為にのろのろ動き出す。 主様の父君、護衛騎士と竜車に乗り込んで行きエミルが乗り込んだのを確認するとナンがドアを閉めて竜の首元にある御者席に座る。 竜に嵌められた首輪と口輪から繋がっている手綱を動かすと、竜は翼を動かし始めた。 その動作は徐々に激しくなり、竜の周りには風による小さな渦が出来ていく。 そしてその渦と共に強風が天高く吹き抜けていった。 それと同時に竜も空へ上がって行き、竜の翠と黒が混じった様な色の鱗が虹色に輝いたと思えば、その姿は青色の空へ吸い込まれる様にして消えいく。 その後には何もなかったかの様に静寂が訪れる。 急に広く感じられるエントランスに、使用人一同は空を見上げていた。 竜の姿に見惚れて動かなくなった使用人達は段々活気を取り戻し、自分の持ち場の仕事をする為散っていった。 私も今日は洗濯当番の日なので、部屋中の洗濯物を集めて洗わなければならない。 開けっ放しになっている玄関から中に入り、屋敷中の部屋のシーツや、テーブルクロス、使用人服、タオル等をかき集める。 今日は主の母君が屋敷にいるので、廊下を走って部屋中のシーツを集める事は出来なさそうだ。時間短縮にもなるのでやりたいのだが…….仕方ないので、足音を立てずに走る事にした。 侍女仲間とすれ違ったら歩く、誰もいなかったら走ると。 この洗濯が終わったその後やる事と言えば夜に溜まっている書類仕事と、侍女長へ一週間ぐらいの休暇届けを出す事しかない。 早く終わらせて、寝るぞーーっと心の中で呟く。 かき集めた洗濯物と厨房からもってきた人一人入れるぐらいのタライを三つ持って中庭に行く。 闇魔術による身体強化を掛けているので、これぐらいの重さなら軽々持ち上げられる。 水をタライに張りたいので、魔力適正が水の者を探す。 私の魔力適正は闇なので、残念な事に水の魔術は魔石を使わないと使用出来ない。 なので、侍女仲間に頼んだら、すぐに張ってくれた。 一つ目のタライに灰色の石鹸……炭で作ったヤツと、洗濯物を放り込む。 二つ目と三つ目は濯ぐのに使うので、そのままだ。 そして、洗濯板を使い何度も擦り付ける様にして洗っていった。 地味にこの作業、腕と腰に負担がかかる。 水と風の魔術さえ使えれば、それらを利用して渦を作り、洗濯機の真似事くらいは出来るのだが、悲しいがな私には無理だ。 魔石式洗濯機が一応邸宅にはあるのだが、侍女長の拘りにより使用されなくなった。 私は、山になった洗濯物を見る。 一体、何十着?何十枚?あるんだろうか…..? そして、今自分の手元にある洗い終わった洗濯物を見た。 シーツ二枚、布団カバー三枚、テーブルクロス一枚、エプロン二枚、シャツ一枚…… ぜんっぜん終わんねぇぇぇえ!!! 仕方なく無いし、時間をかければいいのだが面倒くさいので最終手段を使うか。 私は中庭に誰もいない事を確認する。 右よーし、左よーし、前後よーし、上空には誰もいないであります! 「ーーフォントコルプス」 呪文をそっと口ずさみ、私は身体強化をかけまくる。気分は前世で言う、ゲームでバフを盛りまくっている感じだ。 因みに、無演唱でも発動はできるが威力が落ちる。 この世界の魔術とは、息を吸う事による魔素の摂取、そして魔素が体内で適正属性へ魔素か染まり、魔力変化機関で魔力へと変わるーー最後に特定のキーワード及び呪文、何かしらのイメージ道理に魔力が具現化する事によって起きる現象である。 なので、魔力を使えない者は、魔力変化機関が壊れているか、もしくは使えない。 また、魔力を貯める魔力蓄積機関が大きいか小さいかで、魔力量が決まる。 因みに魔力量は、魔力の威力に奇縁するので、魔力蓄積機関が大きい者は大体魔術師となる事が多い。 話を戻すが、何故演唱の方が威力が大きいかと言うのは演唱が”キーワード”になるからだ。 地球で言うバーコードの様な物。細部までイメージし具現化せずとも、その呪文にこめられた意味を自然に魔力が読み取り、具現化してくれる。 イメージが完璧であれば、演唱よりも高い威力を誇るが私は必要最低限頭を動かしたくないし、今は頭の中が雑念に満ちているので、こんな状態で”イメージ”したら魔術が暴走する可能性もあるのだ。 キキキキィィンと謎の音がして、両腕が黒く染まって行く。 身体強化魔術がかかった印だ。 印と言うだけで、特に意味はないのだが何気にこの無駄な演出が厨二心を擽り気に入っていた。 バフを盛りまくったら、懐から水と風の魔石を取り出した。 この魔石は、こう言う時に使おうと購入した物だ。 魔石は普通、一介の使用人では購入不可能な程高い。 前世で言う宝石だ。だから魔石を使用しているのを見られると非常にマズイのである。 まぁ、周りには誰もいなさそうだし大丈夫だろう。 魔石に魔力を注ぎこむ。 「ウェルテクス」  水の魔石と風の魔石により渦ができて行く。その中に石鹸と洗濯物を入れて行った。 これで、自動洗濯機の完成っと。 一定間隔で魔力を魔石に注ぎつつ、洗い終わった洗濯物を片っ端から水のタライに入れ、バフによる剛力と速度で洗濯物を素早く濯ぎ、絞って空のタライに積んでいく。 「オラオラオラオラッッッッッッ!!!!」 私の姿はもう、速すぎて見えないだろう。 次々に綺麗になった洗濯物が積まれて行くのは爽快だった。       〜数十分後〜 私は中庭に寝そべっていた。 下はありがたい事に芝生なので、汚れる心配は無い。 すっかり手の黒色も落ち、バフは切れた様だった。 泡立った砂や泥、汚れた水が溜まっているタライと積まれた洗濯物が置いてあるタライ。 私の頬をツツーーと汗が流れる。 はぁ、やりきったよ、私…..! でもまだやる事はあるのでガバァッと起き上がる。 手始めに汚れた水が溜まっているタライの水を捨てに邸宅の裏にある見た目は針葉樹林の森まで行きタライの水を捨てた。 この針葉樹林、石鹸の入った水を捨てても地に住まう精霊がなんとかしてくれるので枯れないのだ。 ありがたい。 次に中庭に竿を持って走って行く。 中庭にある二本の棒に竿をかけて、そこにシーツだの何だのを干す。 回収は他の侍女がしてくれるそうなので、風の魔石を使って急いで乾かす必要はないだろう。 全ての洗濯物を干し終わったので、空のタライを厨房に戻しに行った。 その後は侍女長の元に行く。 侍女長は丸眼鏡をかけて、髪を全て後ろで一括りに纏めた焦茶色の目に黒髪を持つ、歳は20くらいの女性だ。 まだ若いのに、侍女長と言う地位まで上り詰めたのを見ると、かなり優秀であるし実家は子爵令嬢だそうで家柄も良いらしい。 その厳し目な容姿と言動により、貴族の方々からは冷徹鉄壁女だの言われてるらしいが、休日に見た侍女長は髪を下ろしていてかなり美人だった。 「すみません、侍女長、休暇の申請をしたいのですがよろしいですか?」 侍女長は窓掃除をしていた。謎に光る眼鏡をクイッとあげて侍女長は私を見る。 「フルクティクルスさん、またですか?それよりも、仕事は終わったので?」 「はい。仕事は終わりました。また親戚が体を怪我したそうなのでお見舞いに…….」 「貴女の親戚は毎年何十回体を怪我してるんですか?ーーはぁ、全く……わかりました旦那様には伝えておきます。」 「ありがとうございます。」 「クビにされないのが奇跡ですよ。旦那様に感謝をする事ですね。」 「はい。」 「フルクティクルスさん、貴女は優秀です。ですが侍女らしく無い言動が余りにも目立ちすぎたり、仕事をサボり過ぎです。時に其れは旦那様や奥様お嬢様の顔に泥を塗る事になります。其処を直していただけるとありがたいですね。」 「はい。」 呆れるような口調で侍女長は言った。 面目ない。 正論すぎて何も言えなくなるよな….うん。 たしかにそんな侍女が。仮にも”フォリウム国の中枢を担っている様なマリーナ家”の侍女であるのは問題である。 ちょっと反省します。 記憶を消し飛ばせる魔法でも習得するよ。 あと、物とか消せる魔法。 物理的にフォリウム家にはそんな行動をする恥知らずな侍女がいるって貴族や王族の方々使用人等が知っても忘れてしまう魔術を取得出来るように頑張るよ。 闇魔法ってそう言うの得意なんだよね。 目指す反省の方向が違うって? そう、私は常に斜めを行くからな、これでいいんだ。 取り敢えず今は、お昼寝しよう。 じゃないと、主様と言う癒しが居ない&仕事ずくめで倒れそうだ。
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