プロローグ

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プロローグ

 志望高に無事合格した僕は、今年の春晴れて高校生となった。入学してから毎日が駆け抜けていくように過ぎていき、取り敢えずの節目である一学期を終えて迎える夏休みが、今は待ち遠しかった。    毎年夏になると、祖父(じいじ)祖母(ばあば)曽祖父(ノブじい)が住む、田舎にある父さんの実家に遊びに行っていた。  でも去年だけはどうしても受験があって行けなくて、その年に限って、曽祖父(ノブじい)は体調を崩してしまっていた。以前から患っていた病の症状が悪くなって出はじめたのだ。それを知ったのは今年に入ってからで、休みに入ったら直ぐに会いに行こうと、僕の気持ちは急いていた。  高校生活がはじまってから、割と早い段階で、僕の学校生活は明るいものではないと気付きはじめた。毎日が単調な作業でしかない。学校でも家でも、独りでいることに慣れるのだけには長けていく。そんな最近の僕は、カレンダーの日付をただ塗りつぶす日々に、飽きはじめていた。  通い慣れた通学路に、競り合うようにして鳴く虫たちの声が加わり、夏本番は目前だった。  僕はいつものように、駅のホームで電車が来るのを待っていた。まるでプールサイドに立っているみたいな蒸し暑さ。時折吹く生ぬるい風が、僕の肌をぬか喜びさせる。駅のホームを覗く建設中の高層マンションが、気付けば見上げるほど高くなっていた。  向こう側のホームに、他校の女子生徒が一人で立っているのが見えた。知らない学校の制服だった。何でもない光景に、僕は視線を目の前の線路へと落とした。その時だった。  視界の上方で白い何かが舞っていた。宙で左右に煽られながら、不規則に、でも確実に落ちていく。視界の中心にそれが映った時、またあの子に目が留まる。彼女の顔を見て、僕は思わず「あっ」と声を漏らした。  もしかしたら見間違いかもしれない。この距離からでは似ているだけで、本人ではない可能性の方が大きかった。そんな彼女に向かって、手を振り気付いてもらおうなどと必死にはなれない。そもそもそんな仲ではない気もした。  でも僕は思い出していた。慣れない学校生活。そこに僕の苦手な人付き合いが含まれるが、そんな日常を繰り返しているうちに、居心地の良かったあの時間を僕はしばらく忘れかけていた。夏休みに入れば、それもきっと取り戻せるだろう。そして、つまらないこの日常にも、一時だけどおさらばできるはずだ。  彼女は白線の前に立って線路に視線を落としたままで、当然僕には気付いていない。  そのうち僕が待つホームに電車が到着して、彼女の姿は遮られた。  扉が開き、電車の中に乗り込むと、入って直ぐ反対側のドアの前まで行って窓の外に目をやった。  まだ電車が来ていない筈の向かい側のホームに、彼女の姿は見当たらなかった。
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