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同居人の考察
彼と暮らし始めて数年たったある日、同居人が珍しく僕に話しかけてきた。
「…なぁ、俺なりに考えてみたんだが、お前、もしかして俺の感情を食べてるのか」
彼は、それはそれは穏やかな口調で語りだした。
「お前を見つけた時、箱の中にひとつだけ空の猫缶があっただろう。箱の状態を見るに捨てられてだいぶ経ってるはずだ。猫缶一つで何とかなるはずがねぇ。それなのにお前は大して衰弱していなかった。…お前が感情を食ってるんだとしたら、あの猫缶は俺に拾われる前に人から貰ったんだろ。その時、そいつから同情だの哀れみだのを食ったんだ」
意味はわからないけど、こんなによく喋る同居人は初めてみた。本当に珍しい。
「実を言うと、最初はただ可哀想で拾っただけだったからな、守らねぇと、とは思ってたんだ。…今思い返すとあんまり愛着はなかったんだよ。それこそ同情に近かった。でも段々と愛着が湧いてきて、可愛くて仕方なくなった頃にお前、たまにしてた飯の催促しなくなったよな。代わりに味を楽しむ為に催促するようになりやがった」
話の場面が変わったのだろうか。彼は先程までの淡々とした口調ではなく、なんだか楽しそうに話し始めた。
「何で違いがわかるのかってそりゃ、食べ方だよなぁ。腹を満たす為にとりあえず量だけ口に入れてます、みたいな食べ方だったのがさ、味わうように、ゆっくりゆっくり食べやがって」
彼はくすくす、と笑っているようだ。彼が楽しそうにしてるからか、何だか僕も楽しくなってきた。
「まぁ今まで言ったこと全部ひっくるめてさ、同情とかより愛情の方が腹持ちするんだろうなって思って。あと、お前感情食ってるくらいだから俺の感情も何となく感じ取れてるんだろ?ずっと暮らしてればわかる。すごい鋭い時あるもんなぁ。…そんでもって、今話したこと全部お前自身は自覚してない」
そこで言葉を一旦区切ると、彼は僕の頭を撫でながら言った。
「でも構わねぇさ。俺がいる以上お前を飢えさせたりはしねぇ。だから大丈夫だ」
何言ってるか全然わかんないのに、酷く安心してしまうのは何故だろう。
「あぁ、それと。捨てられる前もさ、少なくとも飢えないくらい愛してくれる奴は居たみてぇだな」
彼がそう言い終わると、話はおしまい、とばかりに立ち上がって行ってしまった。
やっぱり人間の言葉は分かんない。けど、なんだかとてもあたたかい感じがした。
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