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シャツのボタンを確実に留めていく指先をベットの中から恨めしく眺めた。
この男は、泊まって行かない。
泊まってと、言ったこともない。
「百合香、誕生日、何が欲しい?」
良いスーツのジャケットに袖を通しながら、ちらっと私を振り返る。
私の誕生日は今年、土曜日だ。
あなたが欲しい。
土曜日のあなた。
泊まって欲しい。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「何にも別に要りません」
「欲がないなぁ」
優しく、くすっと笑ってベットに腰掛けた。
欲まみれの私の髪を頬から払うと、おでこにキスした。
「なんかあるだろ、普通」
「ふふふ。じゃあ、猫。白くてフワフワの猫」
「猫か」
少し困った顔をした男を見上げて、少しだけざらついた夜の男の頬に手を伸ばした。
「冗談」
「ん。プレゼントで生き物はちょっと、な」
子供を諭すように優しく見つめるこの男が、もう一度、ベットに戻って来たら良いのにと思う。
そう願って指先を頬から首筋に伸ばすと、そっと手を握られた。
抱きつきたくても、抱きつかない。
白いシャツを着た貴方には抱きつかない。
お化粧がつくと困るから。
私はそういう事には、躾がいい。
男が包んだ私の指先を口唇に当てる。
その気障な仕草に、見惚れた。
「帰るわ。また来る」
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