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むーちゃんとあっくん
むーちゃんとあっくんは保育園が一緒。家もおとなり。
今日は卒園式。
いつもと違う雰囲気のお部屋(保育室)やお外(園庭)に、むーちゃんは目をキラキラさせていた。いつもは怒りん坊な先生も、今日は泣いている。なんておかしな1日なのだろう。
それに、もう少しで小学一年生になるのだ。ワクワクが止まらない。早く卒業して、大人になりたい!
卒園式が終わると、むーちゃんはあっくんに近づき、
「ねぇねぇあっくん! そつえんしきって凄いね! 」
「なにがぁ? 」
あっくんはぼんやりした顔で聞き返す。
「だってだって、お部屋がキラキラだったし、先生もないてた! 」
「ふぅん」
興奮して話すむーちゃんを、あっくんはつまんなそうに見つめる。
「椋実(むくみ)、そろそろ帰るよ」
「はーい」
お母さんに名前を呼ばれたむーちゃんは、最後にあっくんに手を振り、
「じゃあねあっくん! また小学校で! 」
「うん」
そう言って、とてとてと家族の元へ帰っていくむーちゃんであった。
小学2年生の時。
むーちゃんがあっくんの家に遊びに行った日のこと。
「今から卒園式を始めます! 」
あっくんの部屋で折り紙をして遊んでいると、急にむーちゃんがそう宣言した。
「なに言ってるのむーちゃん」
「卒園式は楽しいので、今から卒園式を始めます! 」
「本当になに言ってるのむーちゃん」
「いつのー♪ まにかー♪」
「歌から始まるの!? 」
相変わらずめちゃくちゃなむーちゃん
だなぁと、呆れるあっくんだった。
そして、小学校卒業式の日。
むーちゃんはお母さんと抱き合って、わんわん泣いている。
あっくんはそんなむーちゃんの事を、遠目で見ていた。
その顔は、見てはいけないんじゃないかと思ってしまうくらい、反則的に可愛かった。
でも、話しかけたりはしない。
小3の頃からあっくんは、むーちゃんを学校内では避けるようにしているのだ。
理由は単純に、恥ずかしいから。
でも、むーちゃんはそんなのお構いなしに話しかけてくる。
この間だって放課後、
「一緒に帰ろうよあっくん」
「嫌だよ」
「なんで? 」
「椋実といると友達にバカにされるだろ」
「私は平気だもん」
「俺は嫌だ」
「むー」
眉を顰めながら訴えてくる椋実。対してあっくんは仏頂面で、
「俺達はもうちょっとで、中学生なんだぞ。恥ずかしいと思えよ」
「恥ずかしいのはあっくんの方だよ」
「はぁ? 」
訳が分からなくって、素で首を傾げるあっくん。するとますます椋実は膨れっ面で、
「あと、昔みたいにむーちゃんって呼んで」
「それもいい加減卒業しろ」
「嫌だ。むーちゃんって呼んで欲しい」
「じゃあ俺の事は秋斗(あきと)って呼んでくれ」
「嫌だ! 」
「我儘かよ」
「んー、もう知らない! 」
そう言って、椋実はぷりぷりと怒りながら帰っていった。本当勘弁して欲しい。
と、こんな感じで学校内では避けているのだが、小学校の卒業式が終わると、椋実が家に遊びにきた。
秋斗は家で会うなら誰かにからかわれる事もないかと考え、椋実を迎え入れる。
「友達と遊ばないのかよ」
「卒業式、あっくんと一緒に居られなかったから」
「あっそ」
冷たい言葉とは裏腹に、秋斗は顔が熱くなるのを感じていた。
しばらくゲームとかしてだらだらすごしていると、椋実が秋斗の目を見つめ、ゲームの手を止めた。
「あっくん。2人で卒業式しようよ」
「お、おお」
なにを言っているかはわからないが、椋実の真剣な眼差しに何も考えられなくなる秋斗。さっきから胸がドキドキして止まらない。
「えっとね、まず何から始めよっかなぁ」
椋実は口をへの字にして腕を組んだ。俺も一緒になって、色々考える。
「初めはやっぱり、門出の言葉とか? 」
「うーん、2人の卒業式だから、もっと記念になる事したいなぁ」
「記念にか……。卒業証書……はもういらないけど、代わりになにかプレゼントし合うとかは? 」
「あ、それいいね! じゃあさじゃあさ、あっくん手、出して! 」
「お、おう」
秋斗は言われるがまま、両手を受け皿にして椋実に差し出す。
「はい、あげる! 」
そう言ってくれたのは、椋実が六年間ずっとランドセルに付けていたウサギのキーホルダーだった。
「大事にしてね」
「うん」
正直キーホルダーなんて欲しくなかったが、椋実の大切な物を貰えたというだけで秋斗はとても嬉しく思えた。
「じゃあ俺はこれあげるよ」
そう言って秋斗が渡したのは、最近ハマっているカードゲームのレアカードだった。
正直椋実にとってはゴミ同然だったのだが、
「ありがとう、大事にするね」
満面の笑みで受け取り、大事そうに鞄の中に仕舞うのだった。
中学生になると、椋実(むくみ)は茶道部、秋斗は陸上部に入り、それぞれ多忙を極めた。
椋実は中学生になってから、とても大人っぽくなった。足がすらっと長くて背が高く、スタイルがいい。顔もやたら整っており、茶道部で作法を学んでいるためか落ち着いた雰囲気を纏っている。その為、学校内ではとても人気があるらしい。
そんな椋実に劣等感を覚えた秋斗は、ますます学校内で会う事を避けるようになった。
でも、椋実は変わらない。
「あっくん、今日家行っていい? 」
こんな事を休み時間学校で、平気な顔で聞いてくる。周りの視線が痛い。
「いいけど、学校であっくんはやめてくれ」
「どうして? 」
「恥ずかしいから」
「そうなんだ、気をつけるねあっくん」
「お前わざとだろ」
「お前じゃないよ、むーちゃんだよ」
「ほんと勘弁してくれ……」
恥ずかしさに手で顔を隠すも、変わらない椋実に少し嬉しく思う秋斗だった。
そして、中学校卒業式。
椋実は茶道部の友達と抱き合い、涙を流していた。
秋斗はそんな椋実を、また遠くで眺めていた。
好きだなぁと、心で感じていた。
でも、話しかけたりはしない。
だって秋斗と椋実は、別々の高校に進学する事になったのだから。
これからはお互い、別々の未来を歩む事になると思うから。
だから、もう話しかけたりはしない。
この先もずっと側に居たいと、願ってしまうのが嫌だから。
でも、椋実はそんなのお構いなしに話しかけてくる。
今日も卒業式が終わると、椋実は秋斗の家に遊びに来た。
秋斗は胸の痛みを押し殺しながら、家に招き入れる。
「友達と遊ばなくていいのか? 」
「うん、大丈夫」
「あっそ」
秋斗は、わざと突き放すように冷たく言葉を発した。苦しくて顔が歪んでしまう。
その後部屋に入ってお茶を飲み、テレビをつけながら談笑する。中学校生活は案外楽しかったーとか、あの先生泣いてたねぇとか。
暫くして不意に、椋実がテレビを消した。
椋実は真っ直ぐに秋斗を見据え、少し照れ臭そうに笑う。
「ねぇ、2人で卒業式しない? 」
「またか? 」
「うん。……でも、小学生の時したのとは意味が違うっていうか、もっと違う意味でその、なんて言うか……」
もじもじしながら顔を俯かせる椋実。
「私達、友達卒業しない? なんて……」
あはは……と、照れ隠しの笑みを浮かべる椋実。
その笑顔はとても可愛くて、可愛くて、胸の痛みなんて忘れるくらい愛らしい。
……ああ、俺はなんてバカなんだ。
秋斗は今まで出せなかった勇気を全力で振り絞り、思いを口にした。
「俺、椋実が好きだ」
同じ高校じゃなくても、ずっと一緒に居たい。
「私も、あっくんが好きだよ」
その想いに、椋実は幸せな笑顔で答えてくれた。
それからどちらともなく抱きしめ合い、そして……すぐに恥ずかしくなって離れた。
「せ、せっかくだし、小学生の時みたいにプレゼント交換するか? 」
「そ、そうだね。なににしよっかな」
互いにそっぽを向いて考え込んだ。視界にはテレビとか窓の外とかが映っているが、2人には全く見えていない。
保育園からの付き合いでお互い気まずさなんて感じた事なかったが、2人は今初めて気まずい空気を感じていた。
「ふぁ、ファーストキス、とか? 」
椋実は口をもごもごさせながら、曖昧に言った。
ファーストキスをプレゼント……この子はなんて恥ずかしい事を言うのだろう。
「き、キスですか……」
「うん……どう? 」
「どうって……い、いいのか? 」
「うん……」
何度も瞬きをしたり、髪をいじったり、視線を泳がせたりした後……2人は目を合わせ、目を瞑り、唇を重ねた。
2人はこの日、恋人になった。
高校生になって一年が経った。
椋実(むくみ)はまた一段と大人っぽく、綺麗になった。
驚いた事に、秋斗のバイト仲間が椋実と同じ高校らしく「美人でスタイルがよくて成績が良い、才色兼備なお姉様。しかしクールで近寄り難い」と評価を受けていた。
秋斗が椋実の彼女だと伝えると、めちゃくちゃ驚かれた。とても鼻が高い。
そんな椋実の、家での様子はというと、
「私、地球人を卒業したいと思うの」
そう言い残して部屋を出た椋実は、宇宙人っぽいお面をつけ、変声機で声を変えて「我々は宇宙人だ」とか言いながら部屋へ戻ってきた。
……見よ、これがクールで近寄り難いと噂の椋実だ。
「急にどうしたんだ? 」
「最近見た映画に宇宙人が出てきたの。面白かったから、ついね」
「ついね、じゃねぇよ。何事かと思ったわ」
「ふふ、これで地球人を卒業できる……」
怪しげな笑みを浮かべる椋実。地球を侵略でもするつもりなのだろうか。
「宇宙人になったところで、なにもいい事ないだろ」
「そう? 宇宙人ってかっこいいと思うけど」
「どこがだよ」
「あっくんもやってみる? 」
「いや、いい」
相変わらず、椋実は秋斗の事をあっくんと呼ぶ。バカップルみたいだからやめてほしい。いや、バカップルなんだけど。
「私、卒業って好きなのよね。大人に近づく気がして」
「お前は変わらないな」
昔から、大人になりたいとか言ってたからな。
「人生って卒業の連続じゃない? 生きてる間に何回卒業できたかで、その人のレベルはある程度決まると思うの」
「じゃあ俺の事あっくんって呼ぶのも卒業したらどうだ? レベル10くらい上がりそうだぞ」
「……」
俺の言葉は何故か、聞かなかった事にされたのだった。
そして季節は流れ、時は過ぎゆく。
とうとう、高校卒業式の日がやってきた。
学校での椋実は見れなかったけれど、きちんと今日も家に来てくれた。
実は秋斗はもう卒業式を前に済ませてあったのだが、2人での卒業式は椋実に合わせる事にしていた。
椋実を家に招き入れると、秋斗は一応、お馴染みの台詞を口に出した。
「卒業式終わり、友達と遊ばなくていいのか? 」
「いいの。あっくんと居たいから」
「そうか」
秋斗は優しく椋実の手を握った。
部屋に入ってお茶を飲み、冷たい部屋に暖房を入れる。気まずい空気が、部屋を漂う。
「卒業式、というかプレゼント交換? ……本当にその、するのか? 」
「う、うん……」
頬を赤らめ、後退りする椋実。
「そ、その、別に、無理にじゃなくていいんだぞ? 確かにこの間、そういう約束はしたけど……」
「ううん違うの、ただちょっと恥ずかしくて……」
ベットに三角座りで縮こまり、毛布で顔を隠す椋実。
それから初々しい雰囲気をたっぷりと堪能した後、中学卒業の時にしたキスとはまるで違う濃厚なキスを何度も交わし、ベットに倒れ込む。
そしてその後、2人は初めてを捧げあったのだった。
それから約2年の時が経ち、成人式の日。
秋斗は夜、椋実と高級レストランで待ち合わせしていた。
大人っぽいスーツに身を包み、見栄とお金が沢山かかったレストランで食事をする。
実は今日、秋斗はプロポーズをすると決めていたのだ。
「ふぅ」
秋斗は緊張を吹き飛ばすように、軽く息を吐いた。
頑張って仕事して、椋実の事を絶対幸せにしてみせる。そう意気込んで秋斗は今、ここにいる。
半個室になっているレストランに入り、とりあえずお決まりの台詞を言ってみた。
「成人式終わり、友達と遊ばなくてよかったのか? 」
「うん、大丈夫。今日は大切な日だから」
綺麗な着物に身を包み、椋実は優しく笑った。
それからはコース料理を堪能した。コース料理はどれも美味しかったが、味わう余裕はなかった。
頃合いを見て、秋斗が切り出す。
「椋実、結婚式をしようか」
「卒業式じゃないの? 」
「ぶふっ!! 」
緊張のあまり言葉を間違えてしまった。結婚式は先走りすぎだ。
椋実は吹き出す秋斗を見て楽しそうに笑った後、
「落ち着いて、ゆっくりでいいから」
「ありがとう」
大きく息を吸って、吐く。
心臓の音が、耳まで届くのを感じる。手汗が凄い。頭の中が真っ白になって、ふわふわする。
もう一度深呼吸すると、少し落ち着いてきた。
「今日はその、人生最後の卒業式がしたいと思ってな」
「私達ももう、大人の仲間入りだね」
「ああ。だからその、ちょっと早いかもだけど、渡したい物があるんだ」
「なぁに? 」
目をキラキラさせながら、椋実は首を傾げた。
秋斗は胸の中に幸せな気持ちをいっぱい溜め込んで椋実の側へ行き、膝を突いて指輪のケースを開けた。
「椋実、俺と結婚してくれ」
「はい……」
椋実は涙目になって手を差し出す。
指輪を薬指にはめてあげると、椋実は幸せそうに涙を流し、
「こんな幸せなもの貰って、私は何を渡せばいいの……? 」
「何もいらないよ。ずっと側に居てくれれば、それで十分」
「ふふっ……ありがとう」
それは今まで見た中で一番、最高の笑顔だった。
それから2年後、2人の間に可愛い赤ちゃんが産まれた。女の子だ。
その頃から椋実は、秋斗の事を「あっくん」とは呼ばなくなった。
代わりに、秋斗さんと呼ぶようになった。
理由は、子供の見本となるような大人になる為だとか。
それからの日々は寝る暇もないくらいに慌ただしく、あっという間に毎日が過ぎ去っていった。
沢山喧嘩したし、何度もすれ違った。
けれどその分たくさん仲直りして、助け合って、
気がつけば娘も大きくなって、
ついに娘は、家を出て独り立ちする年齢になった。
「じゃあねお父さん、お母さん。今までありがとう」
今まで育ててくれた感謝を伝え、快活に家を出ていく立派な娘。
その後ろ姿を見て、2人は安堵の胸をなでおろす。
娘を見送った後、2人はリビングのソファに並んで腰掛ける。
歳が歳なだけあって、側から見るとキツイかもしれないが、椋実はそんなの気にもせず秋斗の肩に体重を預けた。
「ねぇあっくん、むーちゃんって呼んでよ」
悪戯っぽく、椋実が笑みを浮かべる。
秋斗はそんな椋実を見て、頬が熱くなるのを感じた。
「この歳でか? 」
「うんっ」
椋実の笑顔が、40を過ぎたこの歳でもまだ可愛いんだなぁと、秋斗は自慢げに感じた。
「ほんとにお前は、いつまで経っても変わらないな」
「もう、お前じゃないでしょ」
「ははっ、わかってるって」
秋斗は可愛く怒る椋実を宥めるように笑った後、意地っ張りで格好付けな大人を卒業して、
「大好きだよ、むーちゃん」
あの頃の自分へと、帰ったのだった。
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