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プロローグ 10年前のメメント
「撫子。撫子」
幼いわたしの名前を、大好きな彼が呼んだ。それだけで、嬉しさで胸がいっぱいになる。
私の目の前には、端正な顔立ちの少年がいる。年齢も身長もわたしよりもだいぶ上。物心ついた時から優しく接してくれる彼は、わたしにとっての「王子様」だった。
わたしは、そんな彼に躊躇なく抱きつく。
「――くん!」
彼の名前を呼ぶ。すると、彼は満面の笑みをわたしに向けた。
「ああ。僕の可愛い撫子」
そう言って、彼は小さなわたしを包み込む。
彼の熱が、お互いの服越しに伝わる。わたしは恥ずかしさ半分、嬉しさ半分の気持ちを抱きつつ、彼を見上げる。
「どうしたの? ――くん」
わたしは、こてんと首を傾げた。すると、彼はほんの少しだけ頬を赤く染める。
「一緒に公園に行かないかなって思って……」
他愛ない誘い。大人じゃないからこそのの小さな逢い引きの約束。
「行く!」
わたしは勢いよく、答える。断るわけが無い。彼が大好きだもん。
「……そうか。じゃあ、行こう! 僕の可愛い撫子……」
そう言って、彼は、嬉しそうにはにかみながら、わたしの手を引いたのだった。その反応を見て、わたしと彼が同じ気持ちであることを悟った。
記憶の中にあるそんな出来事。忘れることのない、わたしの初恋。
――くん
――くん
――くん
……あれ? 彼の名前は、なんだっけ?
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