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古いビルの地下にある一室で、淡い茶髪ボブの女がスーツを着た初老の男と机を隔てて向き合っている。狭い天井を覆う白い蛍光灯が一本、規則的に鳴きながら着いたり消えたりしているせいで、気味が悪い。 「本当に…よろしいのですね?」 彼は寂しげな視線を落とし最終確認する。彼女は蛍光灯を少し気にしながら、幸せそうに微笑み頷くと書類にサインし押印をした。 「ええ。たった一人しかできないことですから。私にはこれ以上の幸せは考えられません」 「では、こちらをどうぞ。カードは常に携帯して下さい。くれぐれも紛失なさらないようお気を付け下さいませ」 差し出されたのは小さな注射器とプラスチックのカードだ。それを受け取り、そっと鞄にしまうと小さなエレベーターに乗る。チン!と音がしてドアが開き外の光が差し込んできた。いい天気だ。後ろ向きで段差を降りると、鼻歌交じりで道を進んだ。 岡山(おかやま)美希(みき)は二十八歳。独身。彼女の足の代わりをするオーダーメイド車椅子のタイヤはイエローでボディーはラメの入ったブルー。どちらも大好きな推しを象徴するカラーだ。 道すがら、注射器を腹部に刺し近くの側溝に落とした。その動きはとても滑らかだ。痛みは全くない。そのままある建物の近くまで行くと伸びをしてから道路標識の棒に掴まり、車椅子から立ち上がる。日光を全身で浴び、雲ひとつない空を見上げ、目を細めた。 「願いが…叶う……夢みたい!」
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