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壱
時は乱世にて麗正××××年。
麗乱時代と揶揄される時代。
北の闇神が東と西を制圧し倭の国土の四分の三は闇神の手中にあった。
北の他、唯一存続する南とはお互いの腹の探り合いをしている中で戦までとはいかずに冷戦に近い状態だった。
それよりも北はある者を探しているとの情報が倭の国土の一部では流れていた。
西の国。中央地域の山奥にある小さな村。
初代万象四神の西の君主である鬼神を祖先とする一族の鬼巫女、そして六代目東当主水神の血を唯一受け継いだ娘は亡き母の跡を継ぎ、鬼巫女として毎年村の豊作成就の為に初夏に雨乞いの儀を行う。
彼女の母が巫女を務めていた頃、西の火ノ神の仲介により水神と夫婦の儀を上げた滝にて毎年夕刻時に儀の舞を踊る。
薄手の巫女服を身に纏い、ほっそりとした小さな身体で舞う姿は母の生き写しと謳われ、濃紫の髪に翠色の瞳が印象的な小生意気な目付きと少しばかり冷静な印象は水神の遺伝子を見事に受け継いでいるとも言われていた。
舞を踊る度、脚に付けられた鈴の音が美しく、打ち付ける太鼓に合わせて手振鈴を振りかざす。
毎年、その儀式を欠かすことなく行うのは水神に対する忠義の証とも取れた。
「顔も見た事もない親父に忠誠を誓ってもって感じじゃね?」
「翠ちゃん。口悪すぎ·····」
水神の娘である【翠】はやる気のない表情で傍にいる付き人に愚痴を零す。
会ったこともない父に対する反抗的な台詞は毎年の恒例の事である。
水神は翠が生まれる前から既に母に会うことはなく、祝い事でも品を贈るだけの関係だった。
風の噂だと何処の馬の骨かも分からぬ女を妾として囲っていたと言われていた。
父の死の知らせと共に妾の行方もどこに行ったのかと言う情報もなく存在すら忘れ去られた。
元々、翠の母親とは愛情もないまま夫婦になったのだ。母の方も父に対する情もなく病床で亡くなるまで父と愛人について何も言って来なかった。
翠にとっても父親なんて「どうでもいい」
所詮その程度の存在だった。
毎年、滝の前で舞を踊り、今年の豊作が約束されればその年は特に何も無い一年間を迎える。
鬼神の血が薄くなった鬼の一族は国同士の争いに関与することなく隠してひっそりと暮らす事は多少退屈ではあるが安全な生涯だと言う事を信じていた。
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