某家守近、わからんちんの髭モジャ男を雇うのこと

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「いやぁー、徳子(なりこ)様、なかなかやるねぇ。うちのが、縮こまっているよ」 「そうですよ!斉時(なりとき)様。うちのお方様は、やるときは、やるんですからぁ!」 「ほぉー、初めて見るなぁ、あのような、徳子姫の姿」 「おっ!守近、惚れ直したか?」 「しいっー!斉時様!お静かに。気付かれてしまいますよぉっ!」 「おっと、紗奈(さな)、そうだな」 (へや)を間仕切る几帳(ついたて)の裏で、斉時、守近、女童子(めどうじ)紗奈の三人が、徳子(なりこ)達の様子を伺っていた。 「しかし、もとを正せば、斉時、お前のせいだろう。ゴタゴタを、持ち込んでくれて……」 「そう言うな。まさか、うちの安見子(やすみこ)が、乗り込むとは、思ってもいなかったのだ。どうも、あいつ、お前さんの所に、敵対心があるようでなぁ。おまけに輿入れしたにも関わらず、いつまでも、受領(ずりょう)の娘と、いじけておるのだよ。まあ、動きを嗅ぎ付け、先回りできたのだ、感謝しろ」 と、他人事のように語る斉時であるが、三人が隠れる几帳の向こう側では、正妻通しの、底知れぬ意地の張り合いが、繰り広げられていた。 「あっ、安見子様、猫ちゃんにまで、あたっていますよ!もう、武蔵野様は、関係ないのにぃ!」 「守近よ、武蔵野とは?」 「例の猫騒動。結局、今は、武蔵野の呼び名で落ち着いているが、これまた、どうなることやら」 「あー!猫に、お前達夫婦の名前をつけて、検非違使(けびいし)が、勘違いした、あれか?!」 「そうそう。そして、猫の次は、斉時、お前だ」 はぁ、と、守近は息をつく。 遡ること、三日前──。 厄日である、物忌(ものい)みの日に、守近の屋敷へ斉時が、現れた。 (けが)れを避けるため、屋敷は作法通り、御祓(みそぎ)(そく)していた。それにも関わらず、斉時は、自分も、向かい先の方位が悪いと、方違(かたちが)えに来て、守近の屋敷に泊まったのだ。 そもそも、吉の方位にある屋敷に泊まり、行き先の方角の吉凶を調整するのが、方違えなのだが、わざわざ、災いが起こりやすい凶が出ている守近の屋敷を選ぶとは、何を考えているのやら。 そうして、見事に、大凶、が出た。 斉時が、徳子付きの女房、(たちばな)と、一夜を過ごしたのだ。そこは、男女の仲の話。守近も、徳子も、追及するつもりはなかったのだが、しかし、屋敷は、御祓中。少しは、控える事を知らぬのかと、思いきや、斉時、自分の屋敷のごとく、自由気ままに動いてくれた。 事もあろうに、朝を迎えても橘を側に置き、さらに、情事の後のまま、つまり、一糸纏わぬ姿で、闊歩(かつぽ)したのだ。 その姿に驚き、倒れる、屋敷の女人達の為、医師(くすし)を呼びに行く斉時。 何故か、自身の姿に気がついておらず、皆が倒れる原因を作っているとも気がつかぬまま、守近の屋敷を飛び出した所で、出くわした、都の番人、検非違使に捕まった。 そうして、再び、守近のもとへ、戻って来たのだった。 「全く、腰に手拭いを巻きつけて、現れたお前には、私も、参ったよ」 「ああ、実に、検非違使の手拭いが、役に立った。しかし、あの者、どうして、頬被りしていたのだろう」 「あー、斉時様。それは、わからんちんの、髭モジャ男だからですよ」 「へぇー!あやつが!噂の!」
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