15人が本棚に入れています
本棚に追加
紗奈が言うのは、守近夫婦の名をつけられた猫と、守近夫婦とを勘違いして、捜索しようとした、検非違使の男のこと。
思えば、その者に非はない。が、近頃、とみに評価の悪い、検非違使職、だった為に、「わからんちんの髭モジャ男の図」と、辻々の屋敷の塀に、似顔絵を落書きされる始末で……。
面が割れて、余程支障が出ているのだろうか。頬かむりまでしているとは。しかし、それが、斉時の痴態を押さえこむ事に役立ったのだ。
「しいっー!なんだか、様子がおかしいですよっ!」
紗奈が、身を屈め几帳から顔を出して様子を伺っていた。
確かに、言われてみれば、二人の会話には、勢いがなくなっている。
勝負あったということだろうか。
いや、そもそも、安見子が、守近の屋敷へやって来たのは──。
「……徳子様。と、言うことで、其方の女房、橘を、主様の召人に、迎えとう思いまして。ただならぬ仲のようですから、こちらも、それなりに、考えませんと、どなたかに、やはり受領の娘と、揶揄されますでしょう?」
──と、いうゆう理由からなのだ。
「斉時様?召人ってなんですか?」
「紗奈には、難しいか。いや、それは、こっちが、聞きたいわっ!あいつ、勝手な事をしてっ!」
安見子!と、怒鳴り、斉時が、立ち上がる。その勢いで、隠れていた几帳が、ガタンと音を立てて倒れた。
いきり立つ斉時。這いつくばる童子。脇で座っている守近。おかしな取り合わせに、女達は目を丸くした。
「まあー!斉時殿!盗み聞きですかっ!」
安見子が、叫ぶ。
「あー!ついでに、盗み見みも、しておったっ!」
負けじと、斉時も叫ぶ。
「なんと!はしたない!」
「はしたないは、お前だろう!よくも、案内を無視して、勝手に徳子様の房へ、入り込みおって!」
「入り込んだなどと!どうせ、客間で、そのまま、待たされるのです。待った挙げ句、急用が出来たと、帰らされるならば、房へ運んだ方が早いでしょう!」
安見子は床に崩れ混み、わっと泣き出した。
「あー、守近、徳子様も、申し訳ない」
「皆様には、わかりませんわよ!身分が、低ければ、挨拶事とて、居留守を使われるのですからっ!」
泣きじゃくりながら、安見子は、駄々っ子のように、一人ごちた。
「差し出がましいようですが、安見子様は、もう、斉時の正妻。受領の地位は、終えておられましょう?」
たまりかねた守近が、安見子に声をかけた。だが、安見子の気は収まらず、泣いてばかりいる。
「すまんなぁ、守近よ。こいつは、私が、もうちいと、位があると、思っていたんだ。それを、まだ、ぐちぐちと」
「と、いっても、私は、四位。斉時も、四位だろ?受領とて、概ね、四位のはずだが?皆、同じだろうに」
あー、それが……と、斉時が言い渋る。
最初のコメントを投稿しよう!