某家守近、わからんちんの髭モジャ男を雇うのこと

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受領(ずりょう)とは、他国(ちほう)へ赴き、長として、その地を管理する役人の事で、概ね、四位、五位の(くらい)を持つ者が受け持った。 しかし、長、と名が付こうが、どんなに足掻いても、受領は、四位、五位止まり。それ以上の(くらい)は望めない。 その為、赴任先で、賄賂を要求したり、年貢を引き上げたり、私腹を肥やす者が多かった。しかし、安見子(やすみこ)の父は、その手の才覚に恵まれず、下級貴族の道を地味に歩んでいたのだった。 かたや、守近はといえば、同じ四位の身分であるとはいえ、羽林家(うりんけ)の産まれである。 羽林とは、武を司る近衛府の別名で、近衛少将、中将の、職を経て、中納言、大納言──、つまり、(まつりごと)を牛耳る地位へ昇進する事が約束されている武官家の称でもある。 そして、守近。正妻は、正三位、大納言が姫──。 つまり、同じ四位だから……、では収まらない格の違いがあったのだ。 さて、縁あって、安見子は斉時(なりとき)に輿入れした。夫は、輝く未来が待っている、かの少将、守近様の竹馬の友。 安見子は、自分にも運が巡ってきたと期待していた。 が、蓋を開けてみれば、自分より、五つも年下の男、そして、ただのお調子者……。 確かに、実家よりは、暮らし向きは良い。しかし、都一のお調子者なる、通り名のまま、日々、ふらふら出歩く夫では、輝かしき高位は、簡単には望めそうになく、所詮、下級貴族の受領の娘だったのだと、安見子は落胆する。   ここは、正妻、北の方として、君臨するしかないと奮起し、斉時にも、守近と同じ四位なのだから、箔を付けろと、発破をかけていた。 ただし、相手は、斉時。何を言おうと、どこ吹く風で──。 そうして、よりにもよって、守近の屋敷の女房に手を出し、何を寝ぼけたのか、一糸纏わぬ姿で、大路を駆けたという、笑い話にもならない、醜態を見せてくれた。 安見子は、女房、(たちばな)を、屋敷に引き取り、召人(めしうど)として、夫の側に置こうと企てる。 召人、つまり、側室の様に公にはできない、夫の(おなご)として、迎え入れ、理解ある正妻と、世に認めさせようとしたのだ。 それが、安見子の女としての意地、などと、かの斉時にわかるはずもなく、もちろん、唐突な申し出を受けた徳子(なりこ)側も、合点がいかない話に思えていた。 「まあ、あれこれ思いがあるようで、こやつは、格やら箔が欲しいと、高望みしすぎているのだ。守近よ、許してやってくれ」 斉時は、頭を下げた。 「ふふふ、斉時様ご夫婦も、仲が、およろしいこと」 御簾の向こうから、鈴を転がしたような徳子の声がする。 「あぁ!やはり、(わたくし)のことを、笑っておるのですっ!」 興奮した、安見子が、再び叫ぶ。 「おいおい!いい加減にしないか!ほれ!そこの、木更津(きさらず)!お前、何を惚けてる!のっぺりした面で、控えてんじゃない!安見子を連れて帰るぞ!これ以上、恥をさらすなっ!」 なんだかんだと、大騒ぎの末、橘の事は、一旦、据え置くことにして、安見子は、斉時に、引きずられ帰っていった。 「やれやれ、静かになりましたなぁ。徳子姫。お疲れでしょう。どうぞ、お休みください」 斉時だけでも、手に余るのに、その北の方まで、あの騒ぎよう。とはいえ、何やら、似た者同士のような気もしつつ、身重の徳子を気遣う守近だった。
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