某家守近、わからんちんの髭モジャ男を雇うのこと

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そして、翌朝。 「な、なんと、申した?!」 「守近様、落ち着かれませ。めでたい話では、ござりませんか?」 「い、いや、徳子(なりこ)姫。何故、その様に落ち着いておられるのです?」 「……さあ、何故でしょう?(たちばな)が戻ったからかしら?」 守近と徳子の前には、橘と、髭モジャ男が控えていた。 二人の事を報告する為、そして、髭モジャ男を、守近の屋敷で、下男として雇ってもらえないかと、懇願する為に──。 事のあらましを聞かされた守近は、驚きを隠せなかった。しかし、橘がいなくなり、探しても見つからないと聞いた、昨日の徳子の乱れ様を思えば、髭モジャ男の一人や二人、雇うなど容易い話である。 「まあ、こちらにも何某の責はある訳だし……。しかし、仮にも、元は官吏。本当に下男で構わぬのか?」 はい、と、髭モジャ男と橘が揃って答えた。 「橘?」 徳子が、首を傾げる。 「お方様、申し訳ございません。今日をもって、この橘、お側仕えから、身を引きとうございます」 「橘や、それは……」 徳子の言葉を打ち消すように、 「守近様ーーー!!!」 紗奈(さな)が、叫びながら駆け込んできた。 「牛が、動いてくれませんっ!牛車(くるま)の用意が出来ないようです!お出かけに遅れますぅ」 「よし、任せろ!」 「え?髭モジャ?!なんで??」 「女童子(めどうじ)、案内いたせ」 事情を知らない紗奈は、うーん、と唸りながら、髭モジャ男と駆けていった。 その姿を見送りながら、橘は、徳子に言う。 「お方様。残念ながら、お役目はもう果たせぬのです。何故なら、今日から私は、お方様の女房ではなく、あの方の、女房になるのですから」
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