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あの頃、私はどうしようもなく無力で、守ってもらうことしかできなくて、お礼もちゃんと言えないままだった。
言えなかった「ありがとう」の代わりに、
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
彼が私の顔をじっと見て口を開きかけたとき、
「藤波さん、行こうか」
テラス席の方から遠野先輩が声をかけてくる。
その声に小さく頭を下げ、小走りに入口の扉の方へ向かうと後ろから懐かしい声がした。
「ありがとうございました。また、来てくださいね」
学校の屋上の空の下で見た、あの笑顔――。
「はい」
私は返事をして遠野先輩の元へ駆ける。
お店の外には、まだ卒業証書の筒を抱えた学生たちが何人か歩いていた。
「卒業、おめでとう」
スマホを片手に自分たちの方にカメラのレンズを向けた女子三人組が弾けるように笑っている。
どこかで元気にしてるといいな。
幸せだといいな。
笑ってるといいな。
きっと彼が、間宮君だといいな。
ビュンと一瞬に吹いた風が、どこかで咲いている花の香りを連れてきた。
春の空が曖昧にうなずいた気がして、私はもう一度、お店の方を振り返った。
《了》
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