三月の彼に

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「ここのシェフ、かなり若いのね。藤波(ふじなみ)さんと同い年くらいじゃない?」  店内のキッチンの方を見ながら遠野先輩が言う。ちょうど目の高さまで生い茂った観葉植物が手前にあるせいで、私の席からはよく見えず「そうですか」と曖昧に返す。  横断歩道が青信号に変わり、ピッコーン、という音とともに賑やかな声がする。通りの向かいから制服を着た女の子たちが歩いてくる。その後ろを追いかけるように男の子たちが続く。  足取りは軽く、笑顔が春の太陽のように穏やかで眩しい。 「学生がたくさんいますね」  通りの方に目をやりながら言うと、 「ああ、この近くの高校、今日卒業式だったらしいわよ」 「そうなんですね」 「うちの娘も今週、卒業式。やっと手が離れるわ」  遠野先輩はそう言いながらも少し寂しそうな表情で笑った。 「おめでとうございます」  振り返ってはキャッキャ言い合いながら通り過ぎていく彼らの背中を目で追う。晴れやかな笑みが青い空に舞って、掛け合う声は弾けるように響き渡る。  卒業式――。  その言葉に私は十二年前を思い起こさずにはいられなかった。  間宮君は、卒業できなかった。
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